満たせば満たすほど乾く?限りない欲望の虚しさ:煩悩③

人を困らせる煩悩について書いてきました。その一つの貪欲について続きを書きます。

前回私たちにある貪欲という煩悩について解説しました。欲の心です。この欲に一日追い立てられているという話をしました。

しかし人間とは欲があるもの。むしろ欲があるから人間らしく生きられるのではないかという人が多いと思います。

確かに欲望がなければ食欲がないわけですから、栄養が足りず死んでしまうかもしれません。よく思われたい名誉欲があるから、身なりに気を使えるのでしょう。そういう意味では欲望が人を人たらしめているというのは言えていると思います。

しかし、だからといって欲望を満たすことが、人間の存在意義であるというのは、実はとてもおかしな考えなのです。解説していきたいと思います。

Hello Mum
Hello Mum / h.koppdelaney

欲望を満たすことは善なのか

倫理学の立場の一つに「快楽主義」というのがあります。これは快楽を幸福と考え、欲望を満たすことを善と考える人です。古代ギリシアにおいてエピクロスが有名な快楽主義者です。欲望を満たすことが良いこと。これは非常に聞こえがいいですね。今の世の中の大多数がこの快楽主義と言っても過言ではないでしょう。

科学がどんどん便利になっていくのも、いかに多くの欲望を効率的に満たすかでしょう。テレビを見たいと思っても戦後間もない時は、テレビをもつ家に村中から集まってみていました。それが一家に一台カラーテレビが見れる時代になりました。そして今ではスマートフォンで自分が録画したバラエティ番組を電車内で見ることができるようになりました。見逃した過去の番組もオンデマンドサービスで鑑賞することが可能です。

食事も大変しやすい時代ですよね。お腹が減ったらコンビニもある、24時間やっているファミレスもある。家から出るのが面倒であればピザの配達もあるし、弁当を送ってもらうこともできます。地方の名産だって東京で食べられます。世界中の料理が充実している日本なら、海外に行かずとも世界のグルメになれることでしょう。

現代においては、いつでもどこでも欲望が満たしやすい時代となりました。快楽主義の人にとってはとても善い時代でしょう。

完全な満足がない欲望

昔と比べたら圧倒的に欲望が満たしやすくなった時代です。しかし私たちは幸せを感じているでしょうか。否、幸せと断言出来る人は少ないと思います。

それは欲望は一度満たしても、すぐ乾くからです。

卑近な例をあげるならば、食欲です。お腹が空き、ご飯を食べます。よっぽどの大食いじゃなければ茶碗二杯のご飯でお腹いっぱいでしょう。しかしそれで満足したということはあるでしょうか。たしかにそれでしばらくは過ごせますね。しかししばらく時間が経てばお腹が空く。そしてまたご飯を食べてを繰り返します。当たり前ですが、食べ続けなければならないのです。一度欲望を満たせば、終わりではなく、乾いた欲望はまた満たされなければなりません。

しかもただご飯を食べれば満足できるわけではなありません。食べるならばより美味しいものを人は望みます。ご飯だけでは当然満足できません。おかずも欲しいし、汁物も欲しい。焼き魚も欲しい。けど毎日は嫌だから懐かしの肉じゃがが食べたい。そしてそんな質素な和食ではなく、イタリアンも食べたいし、高級フレンチだって食べたい。どんなに美味しいものでも毎日食べていれば飽きてしまいます。日々美味しい物を、しかもできれば違う美味しいものを求めて、私たちは生きています。そうしないと飽きてしまうのです。

これら欲望にはキリがありません。食欲をあげましたが、それ以外の欲望も同様です。

欲望は膨張し、器は満たされない

ユダヤ人を虐殺した悪名高きヒトラーは「欲望は膨張する」と言いました。

欲望の器は一定の大きさをしているように考えがちです。その器を一杯にすればきっと幸せになれる。そう信じて生きています。しかしこれまでの人生を振り返って、欲望を満たした時、完全に満ちたということはあったでしょうか。満たしたと思った瞬間、その器は大きくなり、満足とは遠い虚しさを感じてしまいます。まさに欲望は膨張するのです。

譬えていうなれば、栓をし忘れた風呂に水をいれるような行為です。一時的に水は溜まるものの、次々に水は流れていき、水がいっぱいに溜まることはありません。

どんなに美味しいものを食べたとしても飽きます。どんなに便利なツールを手に入れたとしても、違うものが欲しくなります。どんなに素晴らしい異性と出会っても、違う人を求める心が出てきます。

満たそうとすればするほど、乾いていく心に泣きます。無いなら無いで欲しいですが、有れば有ったでもっと欲しくなるのが欲望なのです。もっといいものが欲しくなっていきます。そしてその”よさ”も変質していきます。そうして絶対に求まらないものを求め続けるのが、快楽主義の行く先なのです。

まとめ:限りない欲望を求めることは虚しさを深めることに

ということで欲望を肯定し、それを人生の指針とすることの誤りについて書いてきました。

欲があるから我々は向上心をもって生きていけるという正の面も確かにあります。しかしその裏側にある虚しさという負の面を知ってほしいと思います。そして絶対に満たされない欲望を知ると、負の面の大きさがよく分かるかと思います。

何も考えずに欲望を満たすことをよしと考えるのは、とても危険です。今はよいかもしれませんが、先に必ず虚しさがやってきます。その実態を忘れ、今さえ楽しければいいというのは、人間以外の動物と同じと言われても否定はできません。考えることができる人間として、欲望について正しく向き合っていかなければなりません。

しかし、「貪欲=悪いこと」とはまだ思えない人もあると思います。欲望の本性は、余裕がなくなった時に起きてきます。それについては次回に書きたいと思います。

 

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    ゆげ

    渋谷のネット企業で働く20代のマーケター。ゲームとマンガ三昧の堕落生活の反動で、哲学が好きに。柴犬をこよなく愛する犬アレルギー持ち。アカデミーの理事長です。
    coconalaで仏教カウンセリングしています