周りに合わせて“いい子”を演じることに疲れ果てた自分が出会った仏教について

はじめまして、しーまんといいます。

地方の大学を卒業して、今では就職してサラリーマンになりました。決して楽なことばかりではない社会人生活、つらいことも多いですが、日々楽しんで暮らせているのは、仏教を勉強していたからこそだなあと思っています。今回は、自己紹介も兼ねて、自分と仏教について話せればと思います。

小学生:素直な自分が、あるとき気づいた本音

クラスの子みんなが、しーまんくんだったらいいのに

PTAの副会長をしていた母が、保護者面談で僕の担任からいつも言われていたようです。小さい頃の僕は、いわゆる素直で手のかからない子でした。宿題や掃除もきちっとやるし、授業中は騒がない、学級委員や生徒会役員もしていました。学校を休みがちな子には家に連絡帳を届けたり、不良グループには運動会の練習に参加するように説得、授業中に先生の代わりに勉強を教えたりしていました…。そういえば友達みんながボイコットした合唱練習に一人だけ参加して、結果音楽の先生からマンツーマンレッスンを受けたこともあります(笑)

タイトルなし
タイトルなし / Elizabeth Poage

反抗期まっただなかの小学生のころ、言われた通りにしたがう生徒は珍しく、先生や保護者からも貴重な存在だったのでしょう。自分がもし先生だったら、…たしかにラクですね(金八先生のようなドラマ性は全くありませんが 笑)。そんな風に、いわゆる“いい子”を演じてきた私でしたが、それは決して自分の本心ではなかったのです。

中学生・高校生:“いい子”を演じる姿に苦しんだ日々

“いい子”でいると、みんな優しくしてくれる、みんな喜んでくれる、ぶつかり合ったりもめたりもしない、そう信じていた僕。本音ではイヤなことや、やりたくないことも我慢してきました。そんな毎日のなか、ふと”いい子“でなくなった自分はどうなってしまうのだろう。という疑問が起きるようになってきました。それは次第に誰からも相手にされなくなるのではという恐怖へと変わっていきました。気がつくと相手の意見に合わせ、我慢するのが当たり前、揉め事をさけ、自分の意見を押し殺すようになっていました。

他人の評価がまるで自分の全てのように思え、自分の柱がないことに苦しめられる日々が続きました。部活動の部長や、生徒会役員を務めていたのも、自分がやりたかったからではなく、周りからの推薦。今にして思えば、そうすると周りから「立派な人間だ」と褒めてもらえるからにほかならなかったからだと思います。暗記は自信があったので、テスト勉強も頑張り、結果をみると中学最初の定期試験で1番になっていました。周りのみんなはすごいなぁと喜んでくれ、自分でも達成感があったのも束の間。心は次もいい成績をとらないと、みんなからバカにされ、嫌われてしまうというプレッシャーで押しつぶされそうでした。毎回心はボロボロになりながらも、なんとか3年間頑張り、中学生時代は学校で1番の成績で卒業し、校長先生から表彰も受けました。安堵の心もありましたが、またこれから先も自分を偽り、他人の評価を気にして生きていかないといけないのかなと思うと、不安に思わずにおれませんでした。

いい子を演じて、相手に意見を合わせ、周りの期待にこたえようとする。高校に入学してからもその姿勢は変わらず、表面上は努力した結果、友達にもそれなりに恵まれました。しかし、怒られることを極度に恐れ、相手の顔色ばかりうかがう私に気づいてか、仲良くしてはいても、本音を言い合えるような親友はなかなかつくれませんでした。部活動の部長は続けていましたが、部長をしていた僕ではなく、サボりがちな友人のほうが周りから慕われているのをみて、さびしく思ったことは今でも忘れられません。他人からの目に怯え、自分を隠し、偽り続ける日々、今のままじゃ良くないのはわかっている、でも今の“いい子”を演じないと見捨てられてしまう、一体どうしたらいいんだろう、不安な気持ちはなくなりませんでした。両親といっても“自分を評価する他者”こんな心分かってくれないだろうし、話したら嫌われてしまうかもしれない…。誰にも相談できない孤独な心は、膨らんでいく一方でした。

大学生:自分の生き方をかえる仏教との出会い

受験勉強と部活動に打ち込む毎日が終わり、いよいよ大学生となりました。初めての都会、初めての一人暮らし、自分の人生で、何かが大きく変わるかもしれない、そんな期待が生まれる一方で、どうせまたおんなじだろうという冷めた自分がいました。断りたいなぁと思いながらも、得意の“いい子“力(苦笑)を発揮し、サークル勧誘の嵐を受けている中、仏教を勉強している先輩に出会いました。断れないまま聞かされたその時の話が、非常に心に残り、勉強し続けるようになりました。

仏教で教えられている自惚れ心の話や、物やお金に恵まれても幸せになれないという話は、聞けば聞くほど納得できずにいられない話でした。誰一人として話すことができなかった心の中について、説かれた教えに出会えたことを嬉しく思わずにおれませんでした。でも、それは、やっぱり自分は今と同じまま苦しみ続けなければならないことを証明しているような気がして、つらく感じました。しかし、仏教にはそんな人生で、本当に幸せになれることが教えられていたのです。“いい人”を演じる偽善者であった自分が、本当に幸せになれる道、その教えは自分の支えとなり、社会人になった今でも続けて学んでいます。

人にはそれぞれ生き方があり、自分のような経験や感じ方をしている人ばかりではないと思います。でも多かれ少なかれ、みんな悩みを抱え、苦しみながら生きていると思います。苦しみの内容こそ違えど、その解決は仏教に教えられている、それだけは今まで学んできて、自信を持って断言できます。

こういった形でお会いできたのもなにかの縁、みなさんと一緒に仏教を学んでいけたらなと思います。今後ともよろしくお願いします。

 

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    しーまん

    大阪在住の農学系の研究員。大阪行ったり、東京行ったり、ベルギーに行ったりする流浪の民(別名:転勤族)。次はどこへ行くんでしょうね…。