【宝石の国・考察】変わることが怖い。アンタークによって変化するフォスフォフィライトの姿から学ぶ「無常」※ネタバレ注意

あんなに憧れた

戦争の仕事も

今はもう

危険な

作業

※『宝石の国』3巻内容の大きなネタバレを含みます。未読の方はお気をつけください。

宝石の国・あらすじ 足の欠損により転機が訪れたフォス。アンタークの名言がさらなる成長のきっかけに

宝石の国』は市川春子先生による、遠い未来の世界を描いたアクション・バトル・ファンタジーです。

昨年アニメ化され高い評価を獲得。

主人公のフォスフォフィライトを演じた黒沢ともよさんは先日「第十二回声優アワード」で主演女優賞を受賞され、話題を呼んでいました。

人類が繁栄した頃が古代と言われるほど遠い遠い未来。

この星は六度落ちた隕石により大陸が海に沈み、唯一残った陸の浜辺に人型の宝石たちが身を寄せ合って暮らしていました。

宝石たちは頭部や四肢がバラバラに壊れても、つなぎ合わせれば蘇生する不死身の体を持っています。

しかし宝石たちを砕いて装飾品にしようとする天敵・月人が月から頻繁にやってくるため、お互いの強みを活かしながら対抗していました。

主人公・フォスフォフィライトは宝石たちの中で最年少の300歳。

宝石たちの強さを示す指標・硬度が三半、何をやっても不器用なフォスは、周囲からトラブルメーカー扱いされながらも能天気に過ごしていました。

ある時、両足を失ったフォスはアゲートを足の代わりに繋ぐことに。

動くかどうかすら危ぶまれた新しい足は、本人のコントロールも及ばないほど速く動く力を持っており、フォスは急に俊足になります。

足の力で活躍したいというフォスの強い希望により、補佐という形で戦争に参加しますが、いざ戦闘が始まると恐怖で動けず、何もできないまま初陣を終えることになりました。

そしてやってきた冬の季節。

光を栄養とする宝石たちにとってこの時代の冬は日照量が少なく、活動に適さないため冬眠します。

例年誰よりも早く寝て一番遅くまで寝ているフォスでしたが、今年の冬は皆が寝静まった後も起きており、気温が下がると結晶化し人型になる特殊な宝石・アンタークチサイトの冬の仕事を手伝うことになります。

アンタークチサイト「妙な足 アゲートか

戦争には出たのか」

フォス「でたけどさー

肝心な時 怖くて走れなくて」

アンターク「怒られたか」

フォス「いや 怒られなかったのが くやしくて ねむれない

それに冬は起きてるだけでつらいっていうから

ちょっとがんばってみようかなと思って……」

アンタークが冬の間一人で担っていた仕事は壮絶で、早々に音を上げたフォスに、アンタークはこんな言葉を返します。

アンターク「低硬度から勇気をとったらなにもない」

フォス「できることしかできないよ」

アンターク「できることしかやらないからだ

フォス「できることならせいいっぱいやるよ」

アンターク「できることしかできないままだな

この言葉をきっかけに、フォスは難しい流氷割りの仕事に挑戦。

アンタークもフォスの努力を認めるようになっていきました。

フォスに降りかかる変化と悲劇。アンタークのいない春にいたのは、別人のようになったフォス

冬の仕事の最中フォスは流氷の隙間に落ち、足だけでなく両腕まで失ってしまいました。

フォスは不死身ですが、失った体のパーツを補う素材が無く、失った分の記憶は消えてしまいます。

金剛先生は自責の念で取り乱すアンタークを励まし、二人で「緒の浜」という場所を探すよう助言します。

フォス「どこだっけ」

アンターク「南西の浜だ……おまえ だいぶ記憶ないじゃないか…」

金剛先生「緒の浜は おまえたちが生まれた場所だ」

フォスとアンタークが辿り着いた緒の浜では、ルビーが生まれようとしていました。

しかし人型になり損ね、グシャリと潰れてしまいます。

アンターク「古代生物(人間のこと)が海で朽ち 無機物に変わり

長くは数億年地中をさまよった後

生まれる

我々になるのはごくまれで、 ほとんどがそのように

なりそこなう」

緒の浜にあったのはルビー以外には金と白金ばかりで、フォスの体の一部に使うには適さない素材でした。

散らばる宝石たちを見て

「せっかくうまれたのにね」

と寂しそうに呟くフォスを見て、アンタークは金と白金をフォスの体につなげてみますが、合金が外れなくなり暴走してしまいます。

さらに急に晴れ間が広がり月人が襲いかかってきました。

腕がフォスの体を拘束してしまい動けない中、アンタークは一人で必死に善戦し新型の月人を撃退します。

合金からフォスを助け出そうとしたところ、もう一器新型の月人が襲来。

先生が さびしくないように

冬を

たのむ

背後から首を射抜かれたアンタークはバラバラに解体され、月人たちに連れ去られていきました。

月人たちからアンタークの破片を取り戻そうと合金の腕で対抗するフォスですが、力敵わず転落してしまいます。

フォス「アンタークは 僕の身代わりになりました」

金剛先生「ああ 私の所為だ」

アンタークのいなくなった冬は過ぎ、春が訪れました。

浜辺にいたのは月人と、真正面から対峙するフォス。

「報告……」

背を向けたフォスめがけて放たれる大量の矢は、一本もフォスを射抜くことはありません。

合金の腕が変形し、盾のように月人の攻撃を防いでいたのです。

金剛先生に駄々をこね、甘えてばかりだったフォスは月人の攻撃を物ともしない戦士に変わっていました

アンタークへの憧れから髪を短くし、目つきも鋭くなってすっかり顔立ちも変化

金剛先生の指示に忠実に従い、いとも容易く月人を抹殺していきます。

金剛先生「矢の方向に合わせ 合金膜の厚みを変えるのは上達した

あとは均衡の保持だ」

フォス「はい すみません

もっと制御できるようにします。

残ってる流氷を処理してきます」

金剛先生「少し休みなさい」

フォス「金と白金の重みで以前のように動けません

急がないと…

今日の仕事がこれだけでは

アンタークに報告できません……

自他ともに認める役立たずだったフォスは、アンタークに付けてもらった合金の腕を自由自在に操り、月人を容易く倒す戦士に。

しかし金剛先生は悲痛な面持ちで、仕事に向かうフォスの後姿を見送っていました

仕事が終わると、フォスはアンタークが唯一残した左足に花を一輪手向け、語りかけます。

「アンターク ただいま

今日は晴れて

十三日ぶりに月人がきたよ

今回も旧式だった 残念だ

次は君をのせてるといいんだけど

さいきんずっと起きてられるんだ

いつ月人がきても大丈夫……

それに目をつぶるのいやなんだ

繰り返し…… 君がさ……」

振り返ると、そこにはアンタークの幻が。

目を閉じると砕け散っていくアンタークが夢に現れるため、フォスはまともに眠れなくなっていたのです。

変化することが怖い。フォスを大きく変えたアンタークの「無常」

フォス「冬から春に

変わるのをみるのは はじめてです

生き物は

こんな速さで変わっていくんですね

怖いな……

金剛先生「おまえもだよ

フォス「それは……

そうです… そうですね……

怖い

冬から春に変わっていく様子を生まれて初めて目にしたフォス。

その頬には金色の涙が一筋流れていました。

フォス「ここから漏れる合金だけ

なぜだか制御できないんです

すみません」

金剛先生「これは古代生物の欠陥で おまえの所為ではない

もう休みなさい」

フォス「いえ

あと少しですから……」

古代生物、つまり人間の名残で出てくる涙。

涙という概念のない金剛先生は欠陥として捉えますが、本当はフォスの心の現れだったのではないでしょうか

春になり冬眠から目覚めた仲間たちは、フォスのあまりの変化に驚愕します。

軍議ではフォスは戦った月人について理路整然と報告、現れた月人も合金と剣を巧みに駆使して一掃していました。

あんなに憧れた 戦争の仕事も

今はもう危険な作業

フォスをたった一冬で別人のように変えたものは何だったのでしょう。

変化のきっかけは初陣での失敗でしたが、何よりフォスを劇的に変えたのはアンタークの「無常」です

宝石たちに死はありませんが、月人に攫われた宝石たちは帰ってきたことがありません。

フォスたちにとって、私たちが大切な人と別れる「死」は月人に他の宝石たちが攫われていくことでしょう。

『宝石の国』作者の市川春子先生も高校時代学ばれたという仏教には、「諸行無常」という基本教義があります。

世の中の一切のものは常に変化し生滅して、永久不変なものはないということ。

諸行無常(しょぎょうむじょう)とはーーーコトバンク

「諸行」はすべてのもの、「無常」とは常がないという意味で、この世すべてのものは常がなく変わっていく。

そして一番避けられない無常は「死」です。

ですから人が死ぬことを「無常」と表現することもあります。

それは時代が変わり、人間がいなくなった『宝石の国』の世界にも当てはまることでした

フォスは季節が変わり生き物が変化していく姿を目の当たりにしたとき

「生き物は

こんな速さで変わっていくんですね

怖いな……」

といいますが、それは私たちも同じ。

私たち人間は自分の周りにある人やものは変わらない「常」があると思いたいし、そう錯覚しがちです。

しかし真実は「無常」で、この世に変わらないものは何ひとつない。

300年の時を生きてきたフォスにとって、この世のどこかに「常」があるという錯覚は私たちより強いものだったでしょう。

アンタークと過ごせる冬がこれからも毎年続くに違いない。

月人に粉々にされたアンタークを目の当たりにした時、その「常」があってほしいという思いは壊されます。

突きつけられたアンタークの「無常」は、フォスに大きな「無常」という変化をもたらしました

季節と同じく変わっていく自身のことをフォスが「怖い」といったように、真っ直ぐに見つめると恐ろしいのが「無常」です。

春の訪れを初めて見たとき涙を流したフォスのように、はっきりとした四季のある日本で生まれ育った方は「無常」の恐ろしさを感じたことがあるかもしれませんね。

私たちが普段考えたくないからと、目をそらしがちな「無常」。

仏教では無常を見つめる「無常観」は人生を幸せにするための第一歩だと教えられています。

フォスは「無常」を知ることの大切さを、その身をもって私たちに教えてくれているのかもしれません。