『Fate/Zero』ケイネス陣営を崩壊させたソラウのディルムッドへの恋慕から知る「愛欲」の本質

Fateシリーズのアニメ化最新作『Fate/stay night [Heaven’s Feel]』I.presage flower

10月14日(土)より全国公開され、週末動員ランキング初登場第1位を記録し、観客動員数が65万人超、興行収入10億円を突破しました。

現在放映中の『Fate/stay night [Heaven’s Feel]』の製作スタッフは『Fate/Zero』のアニメ化を手掛けたスタッフもおり、筆者が行ったときの入場特典は『Fate/stay night 』と『Fate/Zero』のコラボポストカードとなっていました。

(筆者は推しの愉悦部を引き当てて悲鳴をあげました(笑))

Fate/Zero』は虚淵玄さんによって書かれたスピンオフ作品ですが、多くの作家さんが手がけてきたFate関連作品の中でも特に高い人気があります。

登場人物たちの思惑が複雑に絡み合う人間ドラマで描かれる『Fate/Zero』の深い魅力と哲学をご紹介しているのがこのコラム。

今回は前回に引き続き『FGO』にも登場する人気キャラクターディルムッド・オディナとそのマスター・ケイネス先生と許嫁のソラウをめぐる愛憎と名誉をめぐる人間の実態を考察します。

『Fate/Zero』あらすじ・エリート人生が約束されていたケイネス先生を襲う予想外の苦難

『Fate/Zero』で描かれる「第四次聖杯戦争」。

どんな願いも叶える聖杯を巡って、7人の魔術師が挑む闘争です。

魔術師たちは聖杯の力でサーヴァントと呼ばれる英霊を召喚し、命がけで戦います。

万能の願望機を手に入れられるのは勝ち残った1人のみ。

血統を重んじる魔術師の世界で、九代続く名家アーチボルトの嫡男として生まれたケイネス・エルメロイ・アーチボルト

教鞭を執る時計塔の学部長の娘・ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリとの婚約も決まっており、未来の栄光を誰もが確信するエリート中のエリートでした。

栄光の人生に更に箔を付けるため、ケイネス先生は「第四次聖杯戦争」に参加し、ディルムッド・オディナという槍使いのサーヴァントを呼び出します。

約束された栄光の未来の証である許嫁・ソラウとともに聖杯戦争に参加、抜きん出た作戦で順調に勝ち進むように思われたケイネス先生ですが、騎士として誇りを重視するディルムッドと戦闘方針が合わず初戦は芳しい成果は出せませんでした。

思い通りに動かないディルムッドを叱責していたところ、ソラウがディルムッドを庇うようにケイネスの臆病さを非難し始めます。

しかしディルムッドが

「それより先は、我が主への侮辱だ。騎士として見過ごせぬ」

とソラウを咎めた瞬間、女帝のように厳しい剣幕でケイネスを責めていたソラウは、途端に恥じらうように目を伏せて謝ります。

あまりにも極端すぎる豹変に、ケイネスの胸中にはソラウがディルムッドに惹かれているのではという懸念が吹き上がっていきました。

ケイネスは、伏し目がちにランサーを眺めるソラウの眼差しに、許嫁である自分にはまったく未知の感情が込められているような感覚を懐いた

そして視線を転じれば、何事もなかったかのように今も自分の足許に膝を屈しているランサーのーーーその右目の下で黒々と輝くかのような黒子を意識せずにはいられない。

あらゆる雌を虜にするというディルムッド・オディナの『魅惑の黒子』……

邪推するのは愚かしい。常人ならいざ知らず、ソラウは名家ソフィアリに連なる魔導の女である。

いかに魔術刻印を嗣がぬ身とはいえ、たかだか魅惑程度の呪的影響に対しては充分すぎる以上の抵抗力を備え持っているはずだ。

勿論それは、まず本人に抵抗しようという意思があって初めて効果を発揮するのだがーーー

ケイネスが懸念する、生前のディルムッドの道ならぬ恋と、その最期

許嫁からの冷ややかな評価を挽回したいと意気込んだケイネスは衛宮切嗣と対決。

しかし魔術師殺しのプロ・切嗣の策略にはまってしまい、致命傷を負います。

とどめを刺される一歩手前でディルムッドに助けられますが、全身の筋肉と神経が破壊され、とても聖杯戦争には参加できない身体に。

そんなケイネスをソラウは脅迫してサーヴァントを使役するのに必要な令呪を奪い、ディルムッドのマスターになろうとします。

ディルムッドは頑なに主人が変わることを拒みますが、それにはディルムッドの死因ともなる、道ならぬ恋がありました。

かつて彼は、こんな風に涙で求め訴える女と向き合ったことがある。

グラニア姫ーーー

グラニア姫はディルムッドが生前仕えた主君、フィン・マックールの許嫁でした。

しかし結婚の宴でディルムッドに恋したグラニアはディルムッドと駆け落ちします。

当然怒り狂ったフィンに二人は追われ、皮肉なことにディルムッドは不倫の逃避行で数々の武勇を残しました。

結局老君フィンが折れ、ディルムッドとグラニアは結婚します。

しかしフィンは後年ディルムッドが負傷したとき、かつて妻を奪われた嫉妬が吹き上がってきて助けることができず、ディルムッドは見殺しにされるのです。

彼に背任の聖誓(ゲッシュ)を課し、栄えある英雄の座から逃亡者に貶めた張本人。そんな彼女を、だがディルムッドは決して恨んではいない。

ーーー今、再びサーヴァントとして現世に招来され、過ぎし日の自身の末路を顧みても、ディルムッドに後悔の念はない。彼は誰を恨むつもりもなかった。妻の愛にも応えたかった。フィンの怒りも理解できた。

ただ一度きりの、過ぎてしまった人生を否定はしない。

だが、もし仮に。

ふたたび騎士として槍を執る、二度目の人生があったとするならばーーー

そんな有り得ないはずの奇跡の可能性が、英霊ディルムッドの心に悲願を生んだ。

かつて取りこぼした誉れ。

全うできなかった誇り。

それを拾い直すことができるチャンス。

それがディルムッドの望むすべてだった。

前世では叶わなかった、騎士としての本懐に生きる道。

今度こそは、忠節の道をーーー

生前はグラニア姫からの愛に応え、裏切ってしまった主君への忠誠。

仮初の肉体を得たディルムッドはただ一筋にケイネスに忠節の道を誓うことを願います。

しかしケイネス先生にディルムッドの心は理解されず何か魂胆があるに違いないと疑われ、さらにソラウはグラニアのようにディルムッドへの恋に落ちていました

ケイネス先生のかわいい婚約者・ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは政略結婚の「道具」だった

ディルムッドの女性を虜にする能力は効かないはずのソラウは、自らディルムッドの魔貌に魅入られるよう自身を仕向けていたのです。

仮初の英雄に浮気していたソラウには、栄えある結婚を控えながら幸せを感じられない心が渦巻いていました。

彼は人ならざる贄(まれびと)。聖杯がもたらす泡沫の奇跡。

だとしてもソラウの想いは変わらない。

思い返せば、物心ついた頃から彼女の心は凍えていた。

既に嫡子のある魔導の名門に遅れて生まれ落ちたソラウには、女としての感情を養う意味などありはしなかったのだから。

代を重ねて精錬されたソフィアリという魔導の血。

それだけしか存在に価値のない少女

つまりは産声を上げたその時点から、彼女には政略結婚以外の「用途」などなかったのだ

無念とは思わなかった。疑問すら抱かなかった。選択の余地など生涯を通じて皆無である。

親の取り決めた縁談にも唯々諾々と従った。

氷結した彼女の魂は、まったく興味のない男を生涯の夫と呼ぶことにも何の感慨も抱かなかった。

だが、今は違う。

かつて、これほど熱く高鳴る心臓の鼓動を、胸に感じたことがあるだろうか。

ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの心は、もう凍えてはいない。

彼女は恋い焦がれる胸の熱さを知ったのだから。

ケイネスが一目惚れするほどのかわいい容姿を持ちながら、政略結婚の駒としての人生が決まっていたソラウは、恋や欲望といった心を抑えこんで生きてきました。

しかしディルムッドに出会い、凍らせてきた「恋したい心」に火が付いてします。

さらにケイネスが切嗣に負けて寝たきりの体になってしまったことにより、歯止めがどんどん効かなくなっていったのです。

ケイネス陣営を苦しめ、狂わせる「名誉欲」と「愛欲」

前回は魔術師としての周囲からの賞賛を求めるケイネスと、忠節という騎士としての栄誉を求めるディルムッドの二人の胸にあった「名誉欲

についてお伝えしました。

名誉欲は仏教で教えられる煩悩「貪欲」(とんよく)の一つ

そして今回ご紹介した、ソラウの心を狂わせた恋情も「愛欲」という「貪欲」です。

「貪欲」つまり欲の心は仏教で青色で譬えられ、深ければ深いほど青く見える海のように、際限なく広がり私たち人間を苦しめる心と教えられます。

そしてさらに恐ろしいのは欲の心は人間を醜い「我利我利亡者」にしてしまうのです

がりがりもうじゃ【我利我利亡者】

自分の利益だけを考えて、他を顧みない人を卑しめていう語。

大辞林 第三版

「我利」つまり自分だけが幸せであればよいと思う恐ろしい欲の本性を仏教で「我利我利」といいます

恋に溺れたソラウはディルムッドの忠誠を尽くしたい心を理解しようとも、ケイネスが無二の恋人としてソラウを想う心も見ようともしませんでした。

自分さえ良ければ良い我利我利の愛欲はソラウをどんどん暴走させ、ディルムッドとの繋がりを求めて、許嫁のケイネスを脅迫し令呪を奪ってしまいます。

「ケイネスのために令呪を受け継ぎマスターとなる」という偽りの動機を見透かしたように

「誓ってくださいますか?他意はないと」

とディルムッドに問われたソラウ。

「ーーー誓います。私はケイネス・エルメロイの妻として、夫に聖杯を捧げます」

硬い声で宣誓すると、そこでようやくランサーは表情を弛め、静かに頷いた。

それは、微笑みと呼ぶにはあまりに淡いものだったかもしれない。だがそれでもソラウには過ぎた幸福だった。

彼の笑顔めいた表情を、ついに彼女に向けさせたのだから。

そうだ、嘘でも構わないーーー改めて、ソラウは秘めた心で想う

今この男との絆を保っていられるのなら、たとえどんな形であろうとも構わない。

そのためなら彼女はどんな嘘でもつくだろう。誰にもそれを咎めさせはしない。

そう決してーーー邪魔者は赦さない

恋知らぬ令嬢だった、かわいいソラウを恐ろしい魔女に豹変させてしまった「愛欲」

ケイネス陣営はそれぞれが名誉欲と愛欲を求める心で負のスパイラルに陥り、文字通り「我利我利亡者」となっていきます。

ひとたび溺れてしまえば、自分を大切に思ってくれる未来の夫でさえ「邪魔者」にしてしまう恐ろしい恋の炎。

作家の有島武郎が「愛は惜しみなく奪う」という言葉を残していますが、今も昔もその悲劇は繰り返されているようです。

グラニアとディルムッドの物語から何百年経っても変わらない、愛の地獄がそこにあります