「うらむ」「ねたむ」「そねむ」の違いについて知ってますか

仏教では愚痴という煩悩として教えられている、「ねたむ」「うらむ」「そねむ」という感情。どれも嫌な言葉ですが、果たして正しく意味を理解できている人はいますでしょうか。正しく使い分けられている人は少なそうです。無意識に使っていますが、言われてみると難しいですよね。

辞書で学んでみても・・

まず辞書で調べてみましょう。

Jealousy
Jealousy / Ktoine

恨む(うらむ)


人から不利益を受けた,としてその人に対する不満や不快感を心に抱き続ける。 「招待されなかったのを-・んでいた」

(「憾む」とも書く)思い通り,あるいは理想通りにならないことを残念に思う。 「自らの不勉強を-・む」

不満や嘆きを人に訴える。うらみ言を言う。 「松島は笑ふが如く,象潟は-・むがごとし/奥の細道」

復讐(ふくしゆう)する。うらみを晴らす。 「一太刀-・む」
恨む・怨む・憾む(うらむ)とは – コトバンク 恨む・怨む・憾む(うらむ)とは - コトバンク

妬む(ねたむ)

[動マ五(四)]
1 他人が自分よりすぐれている状態をうらやましく思って憎む。ねたましく思う。そねむ。「同僚の昇進を―・む」
2 男女間のことで嫉妬(しっと)する。やきもちをやく。
3 腹を立てる。恨み嘆く。
[用法]ねたむ・そねむ――「先に昇進した同期生をねたむ(そねむ)」など、うらやみ憎む意では相通じて用いられる。◇「順調な出世をそねみ、ねたまれる」のように重ねて使われることもある。また、「そねむ」の方が「ねたむ」に比べて、憎みうらむ気持ちが強い。
「妻―・める気色もなくて過ごしけり」〈十訓抄・八〉
「いと憂しと思へど、さらに言ひも―・まず」〈大和・一五八〉
妬む(ネタム)とは – コトバンク 妬む(ネタム)とは - コトバンク

嫉む(そねむ)

[動マ五(四)]他人の幸せや長所をうらやみねたむ。嫉妬(しっと)する。「人の才能を―・む」
嫉む(ソネム)とは – コトバンク 嫉む(ソネム)とは - コトバンク

それぞれの語句については分かるのですが、その違いとなると分かりづらいですね。解説します。

まず大きく「恨む」と「妬む」「嫉む」の2つに大別されます。人から何か嫌なことをされたかが関係します。

人から嫌なことをされたら「恨む」

相手から嫌なことをされると怒りの感情が湧きます。子どもならその怒りを露わにできますが、大人はそうはいきません。露骨に顔にも見せれません。しかしその怒りの感情はなくならず、心の底にとどまり続けます。「あの野郎、恥かかせやがって」「こんなことしてただじゃおかないわよ」と心に沈殿する嫌な心を「恨む」というのです。人から嫌なことをされ、その嫌なことをしてきた人に対して心の中で抱く感情を恨むといいます。人から嫌なことをされたから恨むのです。

対して特にその人から嫌なことはされていない。むしろ仲がいい尊敬している、そういう人に対しても嫌な感情が起きます。成功している同世代を見て「うらやましいなあ」「なんであんなにうまくいってるんだろう」と思う感情を「妬む」「嫉む」で嫉妬といいます。これは別に人から何かされたわけではありませんよね。むしろ相手はいいことをしている。それでもこんな感情が起きるのです。

これで「恨む」と「嫉妬」の違いはわかったと思います。それでは嫉妬の「妬む」「嫉む」は何が違うのでしょうか。

悪意を誰に向けるかで決まる「嫉み」「妬み」

「妬む」「嫉む」の違いが特に難しくて、上述の辞書のように一緒にされるケースが多いです。嫉妬と一緒くたにされてますからね。無理もありません。この辺の違いが分かってたら日本語学者というか心理学者というか何にしろ凄いです。嫉妬マスターと自称いただいて差し支えありません。

英語も嫉みに直接あてはまる訳は聞きません。Jealousyとして訳され、嫉妬で一緒にされますからね。

さてこの「妬む」「嫉む」ですが、自分より優れている他人をうらやましいと思う心という点では変わりありません。問題はその後の心です。うらやましいなで終わればいいのですが、この後必ず悪意が生まれます。その悪意の方向によって妬みか嫉みかが決まります

妬みは、うらやましいという気持ちから、相手に悪意が向く感情です。営業成績が優秀で表彰されている会社の同僚を見て、「なんでアイツだけ!」「アイツは人前ではお利口にしてるが、裏ではとんでもないことをしてるに違いない」「失敗させてやろうか」などと思う恐ろしい感情です。相手を蹴落とそうとする心です。

対して嫉みは、うらやましいと思った後に生まれる悪意が自分に向く感情です。先ほどの例でいえば会社の同僚を見て「あいつはすごい、対して自分はなんてダメなんだろう」「全然がんばれていなかったのか」「自分は無価値な人間なんだ」となる感情です。これは反省ではなく、卑屈になっている心です。いわゆるコンプレックスや自己肯定感の低下などは嫉みといえます。

まとめ:まずは意味を知り、冷静に心を見つめよう

似たような感情ですが、全く違う心ということが理解いただけたかと思います。

この違いを知った時、驚きでした。現代の心理学で説かれているような心理が、2,600年前に愚痴として詳しく説かれていたことに。

便利な世の中にはなりましたが、これら愚痴の心には常に悩まされてます。誰もがもつ醜い感情ですからね。

まずはこれらの心の違いを知っていただくことが大事です。そして嫌な感情を持った時はこの記事を思い出し、「これは恨み嫉み妬みのどの心かなあ」と考えることで冷静になってみることをおすすめします。

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    ゆげ

    渋谷のネット企業で働く20代のマーケター。ゲームとマンガ三昧の堕落生活の反動で、哲学が好きに。柴犬をこよなく愛する犬アレルギー持ち。アカデミーの理事長です。
    coconalaで仏教カウンセリングしています