『ドリフターズ』から学ぶ、織田信長が教えてくれる「命の短さ」

ドリフターズ』という作品をご存知でしょうか。

志村けんさん達のことではありません(笑) (作中にそういう小ネタも入っていますが)

平野耕太氏による本作は、少年画報社の月刊漫画雑誌『ヤングキングアワーズ』で連載されており、4巻までの累計発行部数は240万部を超える人気作品です。

2016年にはアニメが放映され、幅広いファン層に支持される作品となりました。

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アニメ「ドリフターズ」公式サイト より引用)

『ドリフターズ』あらすじと登場人物 織田信長ってどんな人物?

ドリフターズ』とは英語では DRIFTERS = 漂流者、漂流物という意味です。

世界の歴史上の様々な英雄・偉人たちが異世界に、その名の通り“漂流者(ドリフターズ)“として召喚され、黒王率いる”廃棄物(エンズ)”の軍勢との闘いを繰り広げていく、異世界歴史ファンタジーです。

シリアスでハードアクションな絵柄と、時折入るキャラクター同士のコミカルなやりとりも人気の一つとなっています。

主人公は戦国の武将・島津豊久

同じく漂流者織田信長、那須与一らと出会い、行動を共にするようになります。

今回はその漂流者、織田信長の好んだ舞「敦盛」を通して、仏教の一面に触れてみたいと思います。

信長といえば、言わずと知れた尾張の戦国武将。

「天下布武」を掲げて天下統一を目指しましたが、最期は家臣の明智光秀の謀反により本能寺で炎の中絶命しました。

また比叡山の焼き討ち、長島一向一揆など仏教各宗派への弾圧などもあり、「仏敵」「第六天魔王」との呼び名もあります。

第六天魔王とは、仏教でいわれる天上界の神のことで、道理に反することを言って人々を惑わす存在だと言われています。

そんな異名もある織田信長は 日頃から「敦盛」の舞を好んでいたと言われます。

織田信長が好んだ「敦盛」ってどんな作品なの?

敦盛」という舞は、平家物語の「敦盛の最期」という話が元になっています。

「熊谷直実(くまがい なおざね)」という源氏側の武士が、15歳ほどの平家側の若い大将「平敦盛(たいらのあつもり)」を討ち取ったことにより、熊谷直実は命の儚さと、自身の罪の恐ろしさに驚いて出家したと言われています。

その出家の時に言った言葉が、この「敦盛」の舞で表されています。

「思へばこの世は常の住み家にあらず

草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし

金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる

南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり

人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

一度生を受け、滅せぬもののあるべきか

これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」

この中でも

人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。

一度生を受け、滅せぬもののあるべきか

は特に有名なところです。

ドリフターズ』の中でも、信長が息子や自分の家臣の没落を知りショックを受けるシーンに描かれています。

信長「ははは、人間50年てか。俺の50年が全部無駄か

与一「すべては無常ですなぁ

「下天」とは仏教で説かれる天上界の一つ「四王天」のことです。 人間の一生を50年とすると、天上界ではわずか一日のことである、という意味です。

信長と戦った一向一揆の文献にも

人間の五十年をかんがえみるに、四王天といえる天の一日一夜に相当たれり

(御文)

とあり、同じことを教えられていることが分かります。

私たちの人生、今から10年、20年と考えると長いように感じますが、過ぎ去ってみればあっという間です。

平均寿命は昔に比べて100歳近くまで伸びていますが、それも過ぎ去ってみれば一日のことだったように短く感じることでしょう。

そのあっという間の人生で、どれだけ権勢を求め、世の栄誉を浴びようとも 「この世は常の住み家にあらず」と言われるとおりで、いつまでも続くものではないのです。

どんな栄光も、地位も名声も、富も、やがては自分を離れてゆく一時的な喜びでしかありません

たとえ得られた安心感・満足感が老後まで続いたとしても、私たちは必ず臨終を迎えなければならず、その時には得られた幸せはすべてこの世に置いていかなければならない。

一度生を受け、滅せぬもののあるべきか

一度この世に生まれたからには、死なない者など一人もないのだ、と歌われています。

このような「いつまでも続くものではない」「人は必ず死んでいかなければならない」というのを、仏教では「無常」と言われます。

無常とは「常が無い=続かない」ということです。

私たちが日ごろ大切にしているお金や財産、会社での立場、周りの評価、家族や知人・友人の交友関係、生身の肉体も、一つとして同じ状態でずっと続くものはありません。

少しずつ変化するか、一瞬で大きく変化するかの違いはありますが、いずれも絶えず変わっていきます。

自分の命さえも、死に向かって着実に進んでいっているのです。

織田信長の「敦盛」が教えてくれた命の儚さと大切さ

「菩提の種と思い定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ」 という一節は、一般的な訳語として「(死は)仏が決めた事だと思うと、私は悔しい」となっていることが多いです。

しかし仏教では、一人ひとりの運命を仏が定めるという考えはありません。

菩提の種とは幸せになる種ということですから、無常の命と知らされたこの機会を、心を定めて、幸せになる種としなければ後悔するぞ、という熊谷直実の決意であったのでないかと伺えます。

命の短さを知ると、人間は一瞬一瞬を真面目に大切に生きようとする、とよく言われます。

自分の命のはかなさを見つめ、一瞬の人生をどうすれば悔いなく生き抜くことができるかを考えるきっかけを織田信長は与えてくれているのかもしれません。

『ドリフターズ』の中では日本の武士、軍人、世界の英雄、豪傑が多く登場します。

多く命の遣り取りを繰り広げる中で、どのような死生観が描かれてゆくのか、今後も注目していきたいと思います。


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