『Fate/Zero』ケイネス先生とディルムッド・オディナの苦悩から知る「欲」の本性

ついにFateシリーズのアニメ化最新作『Fate/stay night [Heaven’s Feel]』が上映スタートし、全国動員・興収ランキングともに、第1位を記録しました。
各地の映画館で満席が続いているそうなので、筆者も早く見に行きたい今日このごろです。

アプリゲーム『Fate/Grand Order』もトップクラスの売上ランキングを維持し続けており、最初の作品がリリースしたのが10年以上前とはとても思えない人気ですね。

『FGO』『Fate/stay night [Heaven’s Feel]』がきっかけでFateシリーズを知った方に是非知って頂きたいのが『Fate/Zero』で描かれる人生哲学の深さ

『Fate/Zero』はニトロプラスの虚淵玄さんによるスピンオフ作品ですが、本編に負けない根強い人気があります。

『Fate/Zero』で描かれる「第四次聖杯戦争」。

どんな願いも叶える聖杯を巡って、7人の魔術師がサーヴァントという英霊を召喚し戦わせ、生き残った1組だけが聖杯を得ることができるという闘争です。

主人公は衛宮切嗣(えみや きりつぐ)という男性ですが、切嗣の敵として描かれる人物の心理描写も群像ドラマとして非常に深く描かれています。

今回は『FGO』にも登場する人気キャラクターディルムッド・オディナを召喚したケイネス先生の苦悩から分かる人の「名誉欲」について、お伝えします。

『Fate/Zero』あらすじ・エリート魔術師ケイネスと美貌のランサー「ディルムッド・オディナ」

ディルムッド・オディナはランサー(槍)のサーヴァントとして召喚された英雄です。

召喚したマスターはケイネス・エルメロイ・アーチボルト

ケイネスは魔術師の三大部門の一角、時計塔で若くして講師の座を手に入れたエリート中のエリートで、学部長の娘との結婚も決まっている輝かしい栄誉に満ちた人生を送っていました。

魔術は一子相伝。代を重ねた家柄ほど優秀な魔術師を輩出できるとされていて、九代も続く魔導の名家アーチボルトの嫡男であったケイネスは周囲から『ロード・エルメロイ』と持て囃され、聖杯戦争で勝利を収めて栄光にさらに箔をつけようとしていました

しかしそんなケイネスに論文を破り捨てられ、血統の悪さを蔑まれたことを恨んだ弟子・ウェイバー・ベルベットによって、ケイネスは聖遺物(サーヴァント召喚に必要な品)を奪われてしまいます。

そして急遽ランサーを召喚、万全を期して臨んだ初陣ですが、ランサーは英雄らしい騎士としての戦いを好み、ケイネスと連携が取れません。

自分の思い通りに動かなかったランサーに怒り、詰っていたところ、許嫁のソラウがランサーを庇うように口を挟んできます。

ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。降霊科(ユリフィス)の長でありケイネスの恩師であるソフィアリ学部長の息女。

そしてケイネスの栄光を完成させる運命の女神ーーー即ち、彼の許嫁である。

ともに押しも押されもせぬ名門アーチボルト家とソフィアリ家の婚礼、それも稀代の秀才と学部長の娘という組み合わせは、時計塔を上を下へと揺るがす縁談であった。

まさに約束された栄光である。

がーーーそんな将来が傍目にいかに輝かしく見えようとも、それが当事者たちにとってもまた幸あるものであるかといえば、必ずしもそうとは限らない。

約束された栄光・許嫁のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリとの複雑な関係

魔術師のサラブレッドとして生まれたケイネスは、同じく血統付きのソフィアリ家の娘・ソラウとの結婚も決まり、魔術師界の権威も、美しくて家柄の良い妻も得られ、さらに将来的には魔術師として最高のサラブレッドな子どもを得られるという、輝きに満ちた人生を送っていました。

しかし人間の欲はキリがありません。

誰が見ても最高の栄誉を得ていたケイネスですが、「経歴に最後の総仕上げを施す」という更なる名誉を得るため聖杯戦争に参加します。

それが苦しみの始まりになるとも知らずに…

あからさまに見下しきった、侮蔑の眼差しとさえいえる視線を未来の夫へと注ぐソラウと、その屈辱に顔色を失いながらも耐え忍ぶケイネスの様は、どう贔屓目に見たところで睦まじいカップルとは思えまい。

「なのに貴方がしたことはといえば……最後までただ隠れて見てただけ。情けないったらありゃあしない」

深々と嘆息するソラウを、ケイネスは怒りと屈辱にわななきながらも、ただ黙して睨み返すしかなかった。他の何者であろうとも、ケイネスはこんな侮辱に耐えたりはしない。ロード・エルメロイの威信に懸けて、侮辱にはそれに対する意趣がえしで応えてみせる。

だがこの地上において唯一人、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリだけは例外だ。

恩師の娘という立場もある。彼女の婚礼によりもたらされる地位と名誉、約束された将来への執着もある。

だが何よりも勝るのは、理屈ではない情念だ。

この大粒の宝石のように高慢で怜悧(れいり)な令嬢こそは、若き天才魔術師が、一人の男として恋い焦がれた唯一の女性であった。

一目見たときから、まだ言葉を交わすより以前から、ケイネスの心はソラウの虜だった。

許嫁のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリとケイネスは完全な政略結婚で、ソラウはケイネスに何の興味も無いのですが、ケイネスの方は一目惚れの初恋で頭が上がらず、侮蔑に満ちた許嫁の言葉にも耐え忍ぶ日々。

誰もが羨む地位と結婚という栄誉が約束されたケイネス先生ですが、平凡な人生の人間なら持たなかったはずの苦しみに苛まれていたのでした。

「ソラウ様、そこまでにして頂きたい」

凛と、低く通る声がソラウを制止する。

ランサーだった。いつの間にか彼は面を上げて、ソラウを真っ直ぐに見据えていた。

「それより先は、我が主への侮辱だ。騎士として見過ごせぬ」

「いえ、そんなつもりじゃ……御免なさい。言い過ぎたわ」

たった今まで、女帝さながらに厳しい剣幕でまくしたてていた令嬢は、ランサーに宥められるや否や、途端に恥じらうように目を伏せて、なんと詫びの言葉まで口にした。

誰がどう見ても極端すぎる豹変だった。

とりわけケイネスの胸中に、その光景は黒く鬱積した感慨を呼び込んだ。

あのソラウが、ただ一言の諫言で我を折るなどということはまず有り得ない。

少なくともケイネスの言葉がそんな効果を挙げたことは一度もない。

彼は遠からず彼女を娶る男である。ソラウは彼の妻となるべき女である。

だが彼女にとっては、たかがサーヴァント風情の言葉が、未来の夫の言葉よりも重いとでもいうのだろうか?

夫になるはずのケイネスよりも、ランサーを庇う許嫁。

栄光の人生に箔をつけるために参加した聖杯戦争で、ケイネスは栄光の象徴だったソラウとの関係に不安を抱くようになっていきます。

理解されないディルムッドの忠誠心とケイネスの苦しみの原因は…

ソラウが婚約者であるケイネスよりも愛想を振りまく相手・ランサー。

ランサーの正体はディルムッド・オディナという英雄でした。

ディルムッドは絶世のイケメンで、『魅惑の黒子』と呼ばれる黒子で女性を虜にするという力を持っています。

そのために生前は仕えていた主君の妻・グラニアがディルムッドに恋し、二人はディルムッドにとっての主でありグラニアの夫となるはずだったフィンを裏切って逃避行。

最終的にフィンはディルムッドとグラニアの結婚を認めますが、その後負傷したディルムッドをグラニアを奪われた恨みで見殺しにします。

サーヴァントとして一時的に得た肉体で、ディルムッドはつまり騎士として主に忠誠を果たす「騎士道精神」に叶った栄誉を求めていました。

ふたたび騎士として槍を執る、二度目の人生があったとするならばーーー

そんな有り得ないはずの奇跡の可能性が、英霊ディルムッドの心に悲願を生んだ。

かつて取りこぼした誉れ。

全うできなかった誇り。

それを拾い直すことができるチャンス。

それがディルムッドの望むすべてだった。

前世では叶わなかった、騎士としての本懐に生きる道。

今度こそは、忠節の道をーーー

生前は裏切り者として失うことになった騎士としての名誉を拾い直す。

それがディルムッドが仮初めの肉体を得て願ったことでした。

しかし「主に忠誠を尽くしたい」というだけの願望を理解できないケイネスは、聖杯に何の願望も抱かないなど有るはずがない、何か言えない魂胆があるのだと疑うようになります。

さらに自分よりディルムッドに媚びるソラウを見て、いつかディルムッドにソラウを奪われるのではないかと疑心暗鬼になっていきます。

戦い方のポリシーだけでなく、人間関係もうまく行かないケイネスとディルムッド。

天才魔術師と英雄の組み合わせがうまくいかないのは何故なのでしょうか。

その原因は意外にも、二人の共通項にあります。

際限なく広がっていく「名誉」を求める心に苦しめられるディルムッドとケイネス。そしてソラウも…

既に誰もが羨む栄誉を得ながら、聖杯戦争に参加し、栄光の人生の総仕上げをしようとしていたケイネス。

そして英雄として讃えられながらも、再び肉体を得たこの機会に騎士としての栄誉を全うしたいと思っていたディルムッド。

正反対なような二人の胸にあったのは、質は違えど同じ「名誉」を求める心でした。

名誉を求める心、つまり「名誉欲」は仏教で教えられる煩悩「貪欲」(とんよく)の一つです。

「貪欲」つまり欲の心は、青色で譬えられることが多く、深ければ深いほど青く見える海のように、際限なく広がる欲の心を表現されています

欲の心は私たちが持つ煩悩の中でも、特に人間を悩ませ苦しませる心です

そんな「貪欲」の一つ名誉欲に苦しむケイネスとディルムッドは、互いの苦しみの根本に似たような心があることを理解できず、信頼関係を構築することができませんでした。

さらにケイネスは名誉欲だけでなく、初恋の許嫁・ソラウへの愛欲にも囚われ、大好きな許嫁と一緒に戦えるはずの聖杯戦争で、ディルムッドにソラウを奪われるのではないかという不安にも苦しむようになります。

さらに、ソラウもディルムッドへの複雑な愛欲に苦しめられていました。

次回はソラウを苦しめる恋心から、ケイネス陣営を苦しめた「貪欲」の本質についてさらに深く考察していきたいと思います。