ワンピースから学ぶ、自分を変える仲間という「縁」の大切さ

人生を変えた出会い。ちょっとした変化から、ものすごく大きな変化まで、さまざまあるでしょうが、誰しも1度は経験があると思います。

人、出来事、歌や漫画、映画・・・私たちは周りの様々なものに影響を受けて生きています。私自身の人生も仏教との出会いによって大きくその方向を変えました。

人は誰でも幸せな人生を送りたいと思うものです。幸せな人生を送るとはどういうことかというのは人によっても変わるかもしれませんが、自分の思い描いた通りの理想の人生を歩むことができたなら、それはきっと幸せな人生と言えるのではないでしょうか。しかし、それを実現するというのはなかなかに難しいものです。大事な夢こそ、そこへ踏み出すのには大変な勇気がいるもの。

「ONE PIECE」において、ルフィから影響を受け、その人生を大きく変えたキャラクターはたくさんいます。中でも仲間たちの誰よりも早くルフィと出会い、夢への一歩を踏み出したキャラクターがいることをご存知でしょうか?

今回は私たちにちょっとした勇気を与えてくれる、夢へと向かう青年たちのエピソードを紹介していきます。

幸せになるか不幸になるか、私の運命を決めるのは私の行い -自業自得-

麦わらの一味がとある島で「デービーバックファイト」という海賊のゲームで勝負をしていた時のこと。「デービーバックファイト」とは、3回戦のゲームなのですが、賭けるものは賞金ではなく「仲間」と「海賊旗」。1回ごとにゲームをして、勝者は負けた方の海賊団から「仲間」か「海賊旗」を奪うことができるのです。

とあることから勝負を受けてしまったルフィ達は1回戦を戦いますが、相手の策略にはまり、善戦むなしく負けてしまいます。「仲間」か「海賊旗」、敗者は勝者の望むものを差し出さなければなりません。勝者である相手側が要求したのは船医チョッパー。相手の海賊団の方へ連れていかれながら、チョッパーは嫌だと叫びます。そして、ルフィに「ルフィが行こうといったから海に出たのに何で自分がこんな目に合わなければならないのか」と非難がましく言い募るのです。

それに対し、「見苦しい!」と一喝したのは麦わらの一味の剣士、ゾロでした。

「お前が海に出たのはお前の責任。どこでどうくたばろうとお前の責任。誰にも非はねえ」

(第309話「グロッキーモンスターズ」より)

これはつまり「こういう結果になったのはお前の自業自得だ」と言っているわけです。

「自業自得」、よく聞く言葉です。「昨日遅くまで起きていて寝坊したんだから遅刻したのは君の自業自得だよ」とか「勉強しないで遊んでばかりいたからテストの点数が悪かったんだ。自業自得だね」とか。世間一般では、悪いことがあって、それが明らかに自分のやった行為の結果である場合にだけ使われている言葉です。

しかし、それは本来の意味とはちょっと違うのです。

これはもともと仏教の言葉ですが、本来は「自分のやった行為の結果が自分の運命となって現れること」を言われたものなのです。善いことも悪いことも、すべては例外なく自分のやった行為の結果。自分に善い結果が来た時も、それは「自業自得」ということです。自分の運命を決めるのは自分自身の行いなのです。

180度人生を変える「縁」

自分の運命を決めるのは自分自身の行い。自分が蒔いた種は自分に返ってくるもの。この考え方は広く日本人に根付いているものだと思います。

ところが、自分自身の行いというのは周りの環境にもものすごく左右されてしまいます。その一つが生まれ育った環境です。「ONE PIECE」のキャラクターにドフラミンゴとロシナンテという兄弟がいるのですが、一方は海賊、一方はその海賊を取り締まる海軍という真逆の立場にいる2人です。幼少期、父親を亡くしてからドフラミンゴは海賊に拾われて「悪のカリスマ」として育てられ、ロシナンテは後の「海軍元帥(海軍で一番偉い人)」センゴクに拾われ海兵として育てられることになります。途中まで同じ環境で育ってきたといっても、どんな人と出会い、どんな環境で育つかによって人生は180度変わってしまうのです。

この環境のことを仏教では「縁」と言われます。運命を切り開くのは自分自身の行動。しかし、行動だけでは結果は現れません。仏教では、自分の行動と「縁」とが結びついて初めて結果が現れるのだと教えられています。実際、自分の行動が大事だと言われてもなかなか実行に移せないということもあるのではないでしょうか。やった方がいいとわかってはいても、なかなか一歩が踏み出せない、そんなこともあるはずです。

ルフィから勇気もらい、夢に向かって踏み出した青年たち

「ONE PIECE」において、ルフィが海に出て最初に出会った少年・コビーもその一人でした。彼の夢は海軍に入隊し偉くなって悪人を取り締まること。しかし、ルフィが彼と初めて出会ったとき、コビーは海軍とは真逆の海賊船で雑用係として働かされていました。思い描く夢とは正反対の現状だったのです。

こんなのは嫌だと思いつつも、海賊が怖くて立ち向かう勇気もない。憎むべき海賊に媚びへつらい、愛想笑いをする毎日。そこへ現れたのがルフィでした。ルフィの海賊王という夢に向かう覚悟を聞き、コビーは夢を叶える決意を固め、海賊に立ち向かう勇気を得たのです。そして彼は海軍入隊という夢への第一歩を踏み出しました。

夢への一歩を踏み出したのはコビーだけではありません。麦わらの一味の狙撃手であるウソップもまたルフィに影響を受け、勇気をもらった一人です。ウソップの夢は勇敢なる海の戦士になること。故郷の平和な村で毎日子供たちと海賊ごっこをして遊んでいた彼は、ルフィ達と出会い、一緒に戦って村の危機を救ったことで、海に出る決心をします。そして、ルフィ達と一緒に海賊船に乗り込み、夢への一歩を踏み出すのです。

ところが、ウソップはルフィやゾロのように戦闘力があるわけではありません。強い精神力があるわけでもありません。言ってみれば一般人と同じです。今まで平和な村で過ごしていた彼は当然命を懸けて敵と戦ったことなどないわけです。

だから、ナミの故郷を救うために魚人海賊団の幹部と1対1で戦うことになったときも、死んだふりをしてやり過ごそうとしてしまいます。魚人をうまくだまし、一切戦うことなく済んだ彼は、戻ってから仲間たちにどう説明しようかと言い訳を考え始めます。死闘の跡を演出するため、体に泥をこすりつけながら浮かんできたのは仲間たちや村人たちの覚悟の言葉の数々。皆、命懸けで戦っているのに、自分ときたら死ぬのが怖くて戦いから逃げ、その上、さも一生懸命戦ったかのように見せかけようとしている。勇敢なる海の戦士になるために船に乗ったのに今の自分はそれとはかけ離れた行動をとっている。自分の情けなさに涙を流し、震える足で立ち上がったウソップは再び魚人に戦いを挑むのです。

「毎日命はって生きてるからあいつらは本当に楽しそうに笑うんだ。だからおれは海へ出ようと決意した。あいつらみたいにめえいっぱい笑いたくて。今ここで全力で戦わなかったおれに、あいつらと同じ船に乗る資格なんてあるはずねえ!あいつらと本気で笑いあっていいはずがねえ!」

(第87話「終わったんだ!!」より)

私はウソップのこのエピソードが好きです。ウソップは「ONEPIECE」内では3枚目のキャラクターで、お世辞にもかっこいいとは言えない時の方が多いくらいです。しかし、だからこそ彼は非常に私たちに近い感覚があって、感情移入しやすいキャラクターでもあります。誰だって平穏や安全なところにいたいと望むもの。わざわざ困難に立ち向かうのは気が引けてしまいます。最初は困難から逃げようとしたウソップが、思い直して再び敵に向かっていく姿を見るたびに、私は勇気をもらったものです。

一歩踏み出す勇気をくれる「縁」を選ぶ

最終的にその道を行くことを選んだのはコビーやウソップ自身です。彼らは誰かからそうしなさいと言われたわけではありません。大きな夢を持ってはいても、自分には無理と思っていたり、安全で平穏な日常から抜け出すのが怖いという思いから一歩踏み出せずにいた彼らが、勇気を出せたのは偏にルフィをはじめ、麦わらの一味の信念に触れ、影響を受けたからにほかなりません。ルフィ達との縁があったから、夢を叶える道を進む決断ができたのです。私がウソップから勇気をもらっているように、ウソップもまたルフィから勇気をもらっているのです。

「朱に交われば赤くなる」

勉強をするのでも、仕事をするのでも、スポーツに励むのでも、周りの縁というのは非常に大事です。勉強をしようと思ったら、勉強を頑張っている人に近寄ればそれだけ自分にもやる気が起きてきます。仕事でもスポーツでも、周りの人が一生懸命取り組んでいたら自分だけ手を抜こうという気にはなりません。私たちの人生が良いものになるか、悪いものになるかには縁が非常に重要になってくるのです。

善い縁を選べば結果は必ず良い方向へ変わります。望んだ結果を得るためには自分の行動がまず大事ですが、それには周りの環境が同じくらい大事なのです。幸せな人生を歩むためにも、積極的にいい縁を選んでいくことを心がけたいと思います。

まとめ

あなたの周りにはちゃんといい縁がありますか?

幸せな結果を得るためにはとても大事なことです。仏教には何が良い縁かということが詳しく教えられていますので、また学んでいただけたらと思います。

本当に自分の事を考え、応援してくれる仲間こそ、大切にしたいものですね。