「刀ステ」の愛称で知られる「舞台『刀剣乱舞』」は、人気が社会現象ともなったゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』を原作とする演劇シリーズです。
今年はシリーズ集大成となる「舞台『刀剣乱舞』悲伝 結いの目の不如帰」が上演され、衝撃の展開が話題となりました。
筆者は推しの長谷部くんが出ている刀ステ『虚伝 燃ゆる本能寺』を友人が見せてくれた日から刀ステ沼の底に。
最近は「刀ミュ」と呼ばれている「ミュージカル『刀剣乱舞』」も開拓を始め、充実した2.5次元ライフを送らせて頂いています。
来年は『映画 刀剣乱舞』も公開予定。
鈴木拡樹さんをはじめとする「刀ステ」で刀剣男士を演じてきた俳優さんが新たな本丸で同じ刀剣男士を演じられることが決まっており、大きな期待が寄せられています。
『映画 刀剣乱舞』をきっかけに同じ俳優さんが出演される「刀ステ」の注目度も上がっており、来月は「舞台『刀剣乱舞』蔵出し映像集 ―義伝 暁の独眼竜/ジョ伝 三つら星刀語り 篇―」のBlu-ray・DVDが発売されます。
蔵出し映像集が家に届く前に改めて『義伝 暁の独眼竜』の深い物語を振り返ってみたいと思います。
前回は小夜左文字が苦しむ「復讐」の本質について『義伝 暁の独眼竜』から考察しました。
今回は『義伝 暁の独眼竜』の展開の核となるテーマ「縁」について考察します。
西暦2205年。
歴史の改変を目論む歴史修正主義者によって、過去への攻撃が始まります。
時の政府はそれを阻止するため、「審神者(さにわ)」という能力者を各時代へと送り出します。
歴史修正主義者率いる時間遡行軍と戦うため、審神者が刀剣に眠る心を目覚めさせ人の形を与えた存在・刀剣男士たちが「刀剣乱舞」の主役です。
原作『刀剣乱舞-ONLINE-』では70振り以上の刀剣男士が実装されており、特定の刀剣男士たちを一緒に出陣させると「回想」というイベントが発生します。
数ある回想の中でも「九曜と竹雀のえにし」シリーズは全12回に渡る最長の回想で、内容もファンから高い支持を得てきました。
『義伝 暁の独眼竜』は「九曜と竹雀のえにし」をベースにし、この回想に登場する刀剣男士が活躍する物語です。
「九曜と竹雀のえにし」の「九曜」とは細川家の家紋のこと、「竹雀」とは伊達家の家紋で「えにし」とは漢字で書くと「縁」になります。
後世に名を残す有名な戦国武将・伊達政宗と細川忠興が子孫に残した伊達家と細川家の縁。
人の身を得た刀剣男士たちが両者の深い縁を見つめていきます。
【ネタバレ注意】歌仙が語る伊達と細川のえにし『義伝 暁の独眼竜』あらすじ
「許さんぞ……それは許さんぞ藤次郎!
共に戦国を生きた俺とお前の義にかけて誓え。
死んではならん。
来たるべき天下泰平の世を生き抜いていくと誓え……」
「刀ステ」シリーズでは様々な作品で小田原征伐の時代が描かれるのですが、「暁の独眼竜」でも小田原征伐の一場面が描かれます。
それは歴史ファンには言わずと知れた、小田原征伐に遅参した伊達政宗が死装束で秀吉のもとに参上するエピソードです。
秀吉の意表を突いて許しを得た政宗ですが、表向きは秀吉に属しながらも天下人になる野心を胸に秘めていました。
まもなく秀吉によって為される天下統一を前に政宗は
「……ならば俺はせめて世に戦があるうちに、戦場(いくさば)で死んでいきたいものよ」
と胸の内を明かしますが、政宗と交友関係にあったと言われる細川家当主・細川忠興は、「俺とお前の義にかけて」生き延びてほしいという思いをぶつけます。
しかし政宗の天下への執念に目をつけた時間遡行軍は、政宗が愛用した黒甲冑に取り憑いて政宗を巧みに唆していきます。
一方、刀剣男士の集う本丸でも問題が起こっていました。
本丸ができて間もない頃から仲間である小夜左文字の様子がおかしいことが気になった山姥切国広は小夜の悩みを聞き出そうとしますが、うまくいきません。
そんな中、細川忠興を元の主とする歌仙兼定と伊達政宗の刀だった大倶利伽羅が二人で調査任務に行くことに。
日頃からソリの合わない二振りが、微妙な空気の中向かった先は熊本藩四代藩主・細川宗孝の殺害事件があった延享四年でした。
抜刀が禁止されている江戸城内で板倉勝該(かつかね)という旗本に斬りかかられた細川宗孝が死亡。
殿中での刃傷沙汰は両成敗とされ、世継ぎがいないまま当主が死んだ細川家は滅亡の危機に晒されます。
しかし居合わせた伊達家当主・伊達宗村がとっさに奇策を用いて細川家の窮地を救います。
宗孝が生きているように見せかけ、遺言を残したことにして跡継ぎを決めるように図ったのです。
家臣「しかし、そのような虚偽がもしばれれば……」
宗村「その時は儂が責任を取る。早くしろ、細川の家を取り潰したいのか!
初代藩主政宗より続く細川と伊達の仲じゃ。礼には及ばぬ。」
伊達政宗と細川忠興が子孫に残した縁の深さを歌仙兼定は
「僕たちの元の主が遺した縁は、子から子へ、そしてその子孫へと受け継がれた。
その心はなかなかに風流と言える。
そうは思わないか?」
と大倶利伽羅に語りますが、彼はそこにはいませんでした。
誰に対しても必要以上に馴れ合わない大倶利伽羅の態度に、短気な歌仙は逆上し二人は大喧嘩してしまいます。
歌仙兼定が語る「歌仙」の由来となる細川忠興の恐ろしいエピソード
本丸で問題が多発する中、同じ細川家の刀である小夜左文字と歌仙兼定は夜に屋根の上に登って言葉を交わします。
小夜「歌仙は、大倶利伽羅さんに謝らないんですか?」
歌仙「どうして僕が謝らなくてはならないんだい?」
小夜「歌仙と大倶利伽羅さんたちの元の主たちは、仲が良かったから」
歌仙「元の主は関係ない」
小夜「僕と歌仙は細川の刀、大倶利伽羅さんは伊達の刀です。
関係ないことありません」
小夜は外見的には遥かに年上の歌仙に、伊達と細川の縁を大事にしてほしいと諭します。
外見と中身が反対な細川組のやり取りは、見ていてとても心がキュンとするシーンです。
元の主・細川忠興をどう思っているかを小夜に聞かれた歌仙は「歌仙兼定」という名の恐るべき由来を小夜に語ります。
「三斎様か……あまり思い出したくはないな
気性の激しい方でね。その激しさ故に耳に疑うような話もある。
三斎さまは天下一気の短い人物ともいわれ、事あるごとに家臣を手打ちにしていた。」
ある日のこと、怒りのままに家臣を次々と斬り殺した忠興が握っていた刀が「歌仙兼定」でした。
歌仙「斬られた家臣は実に三十六人。
それが三十六歌仙を思わせるからと、僕は歌仙という名で呼ばれるようになった。
血生臭い男だった……僕の理想とする主とはかけ離れている。
だけど、悪鬼のような気性の反面、書を愛し、和歌を愛し、茶の湯を愛した文化人でもあった」
小夜「忠興さまの事が好きだった?」
歌仙「わからんさ。でも願わくば、狂気に落ちた人ではなかったと思いたい」
細川忠興といえば戦国一の美女と言われる細川ガラシャの夫で、ガラシャにまつわる常軌を逸した逸話も残っています。
現代では「ヤンデレ」とも言われる歴史人物ですが、歌仙は血塗られた物語を与えられたことに不満を持つ一方で「狂気に落ちた人ではなかったと思いたい」という複雑な思いを抱いていました。
暁の独眼竜が現れる関ヶ原で、歌仙兼定は細川忠興と会う
家臣を36人も手打ちにした恐ろしい逸話が刀として残っている細川忠興。
そんな忠興が「天下という野望を追い求めて命を散らすのではなく、泰平の世を生き抜いて欲しい」と願った友が、伊達政宗でした。
しかし忠興の思い虚しく、黒甲冑に唆された政宗は天下を求め関ヶ原に現れます。
刀剣男士たちも歴史改変を阻止するため出陣しますが、関ヶ原に現れた政宗は忠興に討たれて絶命。
その後、関ヶ原の戦いが始まる暁の刻に時間が巻き戻ってしまいます。
関ヶ原に「暁の独眼竜」が現れ、細川忠興に殺される度に関ヶ原の戦いの始まりに戻ってしまう、時間のループが発生。
政宗が徳川家康を討つか黒甲冑を倒すまで止まらない円環の中に、出陣していた刀剣男士たちも閉じ込められてしまいます。
繰り返される円環の中で、歌仙兼定と大倶利伽羅は忠興と邂逅。
細川家の陣営の近くで倒れていたところを間者と疑われ拘束されてしまった二振りは、忠興に斬り殺されそうになります。
窮地を脱したのは、歌仙兼定の言葉でした。
「こうして出会ってしまったのもなにかの巡りあわせか……
貴殿は、風流を愛する心を知るはずだ。
雅を愛する心を知るはずだ。
だから……そうやって狂気に身を落とす貴殿の有様を今はただ悲しく思う。
貴殿は、決して狂気に落ちた者などではない」
自分を見透かしたような歌仙の言葉に心を動かされた細川忠興は歌仙たちを解放し、取り上げていた「刀」を返します。
「之定の作か。
俺もそれによく似た之定を持っておる……自慢の刀じゃ」
複雑な思いを抱いていた元の主から「自慢の刀」というこの上ない言葉をもらった歌仙の表情がグッとくる、個人的に『義伝』で一番好きなシーンの一つです。
結果的に自分たちの命を救うことになる、歌仙が漏らした忠興への思い。
この歌仙の言葉には『義伝 暁の独眼竜』のテーマでもある「縁」の本質が隠れています。
『義伝 暁の独眼竜』は「縁」の物語。「縁」によって変わっていく刀剣男士と政宗たち
忠興と邂逅した歌仙が「なにかの巡りあわせか……」と言っていたように、「縁」というと思い浮かぶのは人と人の巡り合わせでしょう。
細川忠興といえば茶の湯を愛し、千利休とも交友のあったことが有名です。
「一期一会」という四字熟語がありますが、これも茶の湯に由来する言葉です。
一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語。
茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する。
茶の湯から出たことわざ「一期一会」に代表されるように、古くから日本では「縁」を大切にする精神が根付いてきました。
「縁」は戦国時代より古くから日本に根付いている仏教精神でもあり「因縁」という形で説かれています。
仏教では,あらゆるものが因と縁とによって成立し,また破壊すると考え,これを因縁生 (いんねんしょう) などという。
(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)
この世すべての事象は因と縁によって生まれるということで、これは人と人だけのことに限りません。
『義伝 暁の独眼竜』では三日月宗近が山姥切に畑の野菜を例に助言をする場面があり
「畑の野菜たちは、夏の暑さを耐え、冬の寒さをしのぎ、害虫や雨風にも負けず、そうしたひとつひとつの試練を乗り越えて強くなる。
俺たちはその手助けをするだけだ。」
と言いますが、野菜にとっての雨風や暑さ、寒さもやがて野菜が実っていく上で必要な「縁」です。
鎌倉時代に書かれた仏教書には
「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」
という言葉もあります。
心というものは非常に変わりやすく、縁によってはどんな恐ろしいこともするのが私たちなのです。
『義伝 暁の独眼竜』に登場する刀剣男士たちや歴史上の人物も「縁」によって大きく変わります。
心を閉じていた小夜は、大倶利伽羅との会話が「縁」となって自分を形作る物語を見つめ、山姥切国広に心を開くように。
そして山姥切は、小夜が己の心と向き合い自ら修行に行くまで成長する「縁」となり二人の縁は『ジョ伝』につながっていきます。
※小夜左文字の苦しみについてはこちらで考察しています。
そして伊達政宗は時間遡行軍が囁く
「伊達藤次郎政宗よ……お前が、天下人になるのだ…」
という甘い言葉が「縁」となって、人生を狂わされていきます。
そんな政宗の目を覚まさせたのは、政宗の生涯と切っても切り離せない「縁」片倉小十郎景綱でした。
政宗が関ヶ原の戦いに出陣すれば死ぬ運命にあると刀剣男士から聞いた小十郎は、主君を死なせたくない思いから、政宗に殴られても蹴られても捨て身で政宗を止めようとします。
小十郎にとどめを刺そうとしたとき政宗は、自分の本心に気づきます。
「……お前とはずっと一緒じゃった……
疱瘡で右眼を患い、醜くなった幼き俺を一番に案じてくれたのはお前じゃ。
醜い姿を人に見られたくないと引け目を感じていた。
お前はその俺の右眼をえぐり、伊達の当主として毅然であれと言った。
あの日から、お前は俺の右眼になったんじゃ。
俺はその右眼に、天下人となった姿を見せてやりたかった……
……お前がいないのであれば、天下を取ったとて意味はなかろう」
見果てぬ夢に囚われた政宗の眼を覚まさせたのは、生涯右眼の代わりとなった小十郎という縁でした。
忠興に対して複雑な思いを持っていた歌仙も、忠興本人との邂逅で変わっていきます。
そして黒甲冑を倒したあと、遠征として向かった寛永13年5月24日で目にした「縁」が大きく歌仙を変えることに。
それは臨終の政宗と忠興が交わした言葉です。
忠興「……藤次郎……このか細い体がお前か!?
これが、俺とお前の義のいきつく黄昏なのか……」
政宗「……与一郎よ……これは黄昏などではない……
まだ暁の刻……伊達と細川はここからが夜明け……
九曜と竹雀のえにしよ……」
このシーンは何度見ても目から大量の冷却材です。
今年上演された「悲伝 結いの目の不如帰」では、成長した歌仙が伊達の刀との関係性で「義伝」とはまた違った魅力を見せてくれています。
【歌仙兼定・極セリフネタバレ注意】人生を変えるのが「縁」 縁によって大きく変わる私たちの姿を『義伝』は教えてくれる
先月、待望の「歌仙兼定・極(きわめ)」が実装。
雅さと打撃(!)がレベルアップした歌仙兼定は、筆者はもちろん多くの主を沼の底に沈めました。
「極」になるための修行中、刀剣男士から送られてくるのが主への手紙です。
修行から帰ってきた歌仙は筆を持った姿になるのですが、そんな彼の手紙も「縁」と私たち人間の心について教えてくれているように思います。
晩年の三斎様は、非常に穏やかな方だったよ。
きみは驚くかな?
あの方は要するに、純粋な方だったんだよね。
それ故に、許せないことが多くあったのだろう。
純粋な人というのは、良くも悪くも周りの影響を受けやすいもの。
名門武家の当主として生まれ、戦乱の世に大きな責任を負って生きなければならなかったという「縁」が純粋な彼の心を、時に悪鬼に変えてしまったのではないでしょうか。
私たち人間は「縁」次第でどんな恐ろしいこともやってしまう存在。
逆に「縁」によって人生は良い方向にも変えられることを『義伝 暁の独眼竜』に登場する刀剣男士たちや歴史上の人物は教えてくれています。
毎日学校や会社に通うことで忙しい私たちが、出会える人は限られています。
限られた短い人生、自分をより良い方向に変えてくれる人や環境といった「縁」を大切にするようにしたいですね。
※「義伝 暁の独眼竜」の ストーリー紹介はこちらから台詞の一部等を引用させて頂きました。
末満健一(2018)「戯曲 舞台『刀剣乱舞』義伝 暁の独眼竜」ニトロプラス
■アイキャッチ画像はマーベラスさんの公式サイトから引用させて頂きました