【宝石の国・9巻感想】エクメアと出会って変化したカンゴームと「諸行無常」(ネタバレ注意)

宝石の国』は市川春子先生による漫画作品。

3DCG制作会社 オレンジによって2017年10月7日からフルCGアニメ化され大きな話題を呼び、アニメ2期への熱い期待が寄せられています。

アニメ放送開始から1年が経った今年10月、待望の原作宝石の国』の最新刊9巻が発刊されました。

衝撃の展開が話題を呼んできた『宝石の国』ですが、9巻は今までにないほど読者を驚かせる展開となっており、特装版は全国各地の書店で売り切れが相次ぎ、重版発行となりました。

宝石の国(9) (アフタヌーンKC)

今回は9巻の展開の中でも特に読者に衝撃を与えた「第68話 変転」「第69話 不変」を中心にあらすじをご紹介。

以前からファンの間で『宝石の国』の世界観に大きく関係していると言われる、仏教哲学の視点から深い物語を考察します。

【ネタバレ注意】変化するフォスフォフィライト。変わるフォスを支えたのは、カンゴームの存在

自分の身代わりとなって月へ消えていった仲間・アンタークチサイトへの自責の念から、心も体も大きく変容した主人公・フォスフォフィライト

変化したフォスは、誰よりも慕っていた育ての親である金剛先生に不審を抱くようになります。

仲間たちに先生を疑っていることを悟られないよう、一人で手がかりを探すことに疲れたフォスに近づいてきたのが、ゴースト・クォーツでした。

ゴーストは変化したフォスが昔月に連れ去られた相棒ラピス・ラズリと似ていると言い、フォスにラピスの面影を重ねたのか協力するようになります。

しかし戦闘中、ゴーストは月人の猛攻によって剥がされ連れ去られてしまい、二重構造だったゴーストの中にいたもう一人の「仲間」が現れました。

「フォスを 守ってね」

ゴーストが最後に残したこの言葉と、ゴーストを失った怒りからフォスと組むようになったカンゴーム。

その後フォスは頭部を失い、ラピスの頭を接合され102年後に意識を取り戻します。

ラピスの顔をしたフォスはラピス譲りの頭脳で、内面もさらに変貌します。

完全に別人のように変化したフォスを、変わらず支えてくれた存在がカンゴームでした。

夢の中に現れたラピスの助言をヒントに、フォスは体とともに失われた自身の記憶を補いながら金剛先生の正体を突き止めるため動き出します。

最終的に月に行くことを決めたフォスをサポートしたのもカンゴーム。

出会いは最悪の関係から始まったのに、気づけばフォスにとって無二の存在になっていたのがカンゴームでした。

そんなカンゴームに衝撃的な変化が訪れます。

『宝石の国』9巻あらすじ フォスたちがエクメアから明かされたのは、あまりにも辛い事実

月へ行ったフォスは、金剛先生の正体を突き止めます。

金剛先生はかつて地上で繁栄したと言われる「人間」が作った「祈りのための機械」つまりロボットやAIのような存在でした。

滅びが見えた人間文明の末期、肉体を失った人間の魂を破壊するために作られたのが金剛先生というAI。

しかし宝石たちと出会って金剛先生は期待されていた役割を果たさなくなり、人類の魂が月に留まって変質したのが月人でした。

フォスに金剛先生の正体を明かしたのは、周囲から「王子」と呼ばれる月人・エクメア

エクメアは、宝石たちを誘拐することで金剛先生を刺激し、自分たちの魂を破壊してもらおうとしていたと打ち明けます。

攫われた宝石たちは粉々に裁断され、隕石によってできた地球の周囲にある六つの衛星に撒かれていました。

仲間たちが粉にされていたという衝撃の事実に愕然とする一方で、フォスは月面都市の科学技術に注目。

エクメアに協力の姿勢を見せ、月の技術で粉にされた宝石たちを元に戻す交渉を持ちかけました。

しかしエクメアは、現状の技術では宝石たちの蘇生に限界があることを打ち明けます。

「結論から言うと硬度五以上は再生可能だ

硬度十は比較的容易

ダイヤモンド属だな

九・八・七は少し劣るが可能

六・五はギリギリだ

四以下は諦めてくれ

硬度三のフォスは自身の身体を取り戻すことが不可能だと分かります。

しかしフォスがショックを受けたのは、自分の身体のことではありませんでした。

アメシスト「硬度四以下……」

ダイヤモンド「フローライト、スファレライト、フォスの頭と…… アンターク

フォスが必死に取り戻そうとしていたアンタークは、二度とこの世に戻らないことが明らかになったのです。

事実を聞いた瞬間、表情が凍りショックを隠せないフォス。

そんなフォスを見たカンゴームは、後ほどエクメアにアンタークを蘇生してほしいと嘆願します。

カンゴーム「アンタークだけでも戻せないか

エクメア「アンタークチサイトにこだわりが?」

カンゴーム「俺は知らんが あいつはちょっとな

アンタークがいればフォスは安定するだろう

ミスが減って扱い易くなる

おまえにとって悪い話ではないはずだ」

エクメア「有益な情報だが残念ながら不可能だ」

カンゴーム「本当に?」

エクメア「全てを元に戻せるような技術力があれば 我々の問題も解決できている」

カンゴーム「俺に合成アンタークの外装をつけることは可能か

俺がアンタークとして振る舞う」

エクメア「……できるとは思うが

なぜそこまで?

エクメアが見抜いた「呪い」とカンゴームに訪れた衝撃の変化

カンゴーム「なぜ なぜって……

フォスを守らなくてはならない」

エクメア「なぜ?」

カンゴーム「そう言われた」

エクメア「誰に?」

カンゴーム「前の自分」

エクメア「君のその異常な献身ぶりは瞳の虹彩部分に残った

前任者の仕業だろう

表の宝石が剥がれ

やっと外に出られたのにそこはすでに出来上がった仲間のしがらみの中

冬の仕事も今の役割も結局いつも

誰かの代わりだ

厳しい前任者が瞳の奥で君を操っていることに誰も気付かない

違和感すら伝えられない

前任者は並外れた

協力と親切をフォスフォフィライトに与えるよう強要する

考えても抗ってもいつも君に最後の選択肢はない

その繰り返しに疲れ果て

いっそアンタークチサイトになる

君は自分を捨てたい

違うかな?

カンゴーム「なん で…………」

エクメア「呪いには詳しいんだ

本当の君は

この星の美しい空色だ

カンゴームのフォスへの献身は、瞳に残ったゴースト・クォーツの意志によるものだったのです。

真実が明らかになった途端、カンゴームに残っていたゴーストはまるで死にたくないと言わんばかりに暴走します。

暴走するゴーストによって身体がエクメアから逃げようとし、周囲に激突して四肢が砕け散る中、カンゴームは叫びます。

「いやだ!

戻らない!

自由に

なりた…」

エクメアは「承った」とその意志を確認し、物悲しい表情でカンゴームを見つめます。

「ゴースト・クォーツ」の部分を除去されたカンゴームは大きく変化しました。

フォス「白粉とったの?」

カンゴーム「あ?ああ

あいつがこの方がいいって」

フォス「あいつって?」

カンゴーム「あいつって あいつだよ」

フォス「そうだ それより

ラピスは硬度五だろ?体が戻ったら頭は返すから……」

カンゴーム「そうか

まあどっちでもいいんじゃね?

てか俺んじゃねえし

仲間を粉から戻す技術を提供してもらうため、金剛先生と交渉する策を考えたフォスはカンゴームにいつものように同行してもらうよう頼みます。

カンゴームは白粉を落としていて「俺んじゃねえし」とラピスへの関心が無くなっていました。

さらにいつもは渋々ながらも必ず最後はフォスを助けてくれたカンゴームから衝撃の言葉が。

フォス「それと次戻る時

僕の補佐としてついてきてほしいんだけど」

カンゴーム「やだ

フォス「そこをなんとか!

お願いします

お願いします

お願いします」

カンゴーム「はあ〜またかよ〜

行かない

カンゴームはフォスの頼みを一刀両断し、月人に呼ばれて別室へ。

驚くフォスに去り際、カンゴームは幸せそうな顔で一言残します。

フォス

月につれてきてくれて

ありがとな

これまでは「フォスの変化」が中心。変わらぬものは何一つないことを突きつける第68話「変転」第69話「不変」

カンゴーム「俺 やっぱ服とかよくわかんねーよ

おまえが決めろよ」

エクメア「では一番あまあまでブリブリのにしよう」

カンゴーム「ブ、ブリブリはいやだ……」

エクメア「なら自分で決めなさい

自我を取り戻す練習だ」

後を付けたフォスが見たのは、エクメアに見守られながら服を選び、褒められて幼子のように嬉しそうに微笑むカンゴームの姿でした。

カンゴームはフォスに「なんだおまえ まだいたのか」と、トドメのような一言を投げ、完全にフォスが眼中にない状態。

アンターク、そしてゴーストを失ったフォスの傍で変化を見守ってきた存在だったカンゴームのすさまじい変化は、フォス当人以上に読者にとって大きな衝撃でした。

筆者もカンゴームが好きだったので、まさかの展開に初見のときは「つらい」以外の感想を言葉にすることができませんでした。

筆者もそうでしたが、多くのファンにとって「つらい」のはカンゴームの心の変化だったのではないでしょうか

『宝石の国』には金剛先生の衣装や月人のコスチュームをはじめとし、仏教の影響を受けていると思われる要素が多くあり、仏教視点からの考察がファンによって盛んに行われてきました。

その仏教の根本思想に「諸行無常」という言葉があります。

この現実の世界のあらゆる事物は,種々の直接的・間接的原因や条件によってつくりだされたもので,絶えず変化し続け,決して永遠のものではないということ

諸行無常(しょぎょうむじょう)とはーーーコトバンク

日本に生まれた方なら一度は聞いたことのある馴染み深い四字熟語ですが、この言葉は実は仏教用語です。

諸行とはこの世すべてのもの、無常とは常が無く変わるということ。

この世すべてのものは絶えず変わっていき、不変なものは一つもないという意味です。

白粉を落とし、本来の性格に「変化」したカンゴーム自身はとても幸せそうでした。

しかし私たちが彼の変化を「つらい」と思ってしまうのは何故でしょう。

仏教では諸行無常の世界で生きる私たちの心は、常に不安に満ちていると教えられます。

『宝石の国』では宝石たちの「不変」のような世界で、主人公のフォスが身体も心も大きく変化していく過程が描かれてきました。

しかし第68話「変転」、第69話「不変」ではフォス以外の仲間・カンゴームの心の変化にスポットが当たりました。

フォスの変化という「無常」が中心だった物語が、フォス自身だけでなく「諸行」つまりすべてのものが姿形も心も無常であることが突きつけられるのです。

人間の「魂」が肉体を失って変容した存在・月人は、永遠の時の中、毎日繰り返される人間の生に疲れ果て、魂の消滅を願っていました。

しかしその月人でさえ心は少しずつ変わっていき、エクメアはその急激な変化をこう語ります。

「君のおかげで月は活気付いている

砂の回収と再生のための新しい技術開発

建築 デザイン ファッション

あらゆる分野で変化と発展の兆しだ

『宝石の国』3巻では、アンタークによって変化したフォスが金剛先生とこんなやり取りをしています。

「冬から春に

変わるのをみるのは はじめてです

生き物は

こんな速さで変わっていくんですね

怖いな……

フォスも「怖い」という言葉で表現しているように、諸行無常は私たちにとって向き合いたくない、辛い真実です。

しかし自分が何に苦しんでいることをまず知らなければ、苦しみから抜け出すこともできません。

仏教ではこの諸行無常をまっすぐ見つめることを「無常観」といい、私たちが幸せになるためには「無常観」が不可欠だと教えられています。

フォスだけでなく、他の仲間も月人たちも、諸行無常であり不変なものは宇宙に一つもない。

地上だけでなく、月でも宇宙でも変わらない諸行無常の真実を『宝石の国』は教えてくれているのかもしれません。

※このコラムでご紹介した第3巻の内容はこちらでもご紹介しています。

https://20buddhism.net/country_of_jewelry_antarcticite2