人は”卵のから”を求めて争っている?『ZERO to ONE』から学ぶ競争という負のイデオロギー

ピーター・ティール著 『ZERO to ONE 君はゼロから何を生み出せるか』を読んでいます。

この本は、オンライン決済システム・ペイパルの共同創業者であるピーター・ティールが、母校のスタンフォード大学で起業についての授業を受け持っており、それが元となってまとめられたものです。

全国の経営者・書店員・書評家・メディア関係者・読者が選ぶ『ビジネス書大賞2015』では見事に大賞を受賞し、話題になっています。

書評として、

目先の「テクニック」ではなく、ピーター・ティールという稀代の起業家が持つ「哲学」と「思想」を伝えたというスケールの大きさに加え、多くの読者の起業家精神を刺激したという長期的な貢献も評価された。

と挙げられている通り、起業についての小手先のテクニックではなく、多くの哲学者・思想家の言葉も引用されていて、経営理念を裏付ける哲学・思想が紹介されています。

この中で、人生そのものを考える上で大事な言葉がありましたので紹介します。

競争環境ではなく、独占環境を生み出す

著書のタイトルである「ZERO to ONE」は、ゼロから1を生み出すということで、垂直的進歩とかテクノロジーといわれています。

対して、すでにある1からnを生み出すことは水平的進歩とかグローバリゼーションといわれています。

グローバリゼーションはすでに形が出来上がっているものをいかに効率よく生産するか、改良するかということであり、想像しやすく、取り組みやすいです。反対にいまだ形作られていないゼロのものを1にするのは想像しがたく、難しいですね。

起業するなら、すでにあるライバル会社の製品を改良することから始めようとしてしまいがちですが、それで待っているのは過酷な競争です。競争環境では製品の大した差別化も生まれず、誰も得をせず、持続的な利益も期待できませんから、みんなが生き残りに苦しむことになってしまいます。

しかし、ゼロから1を生み出せれば独占環境を作り出すことができます。クリエイティブな独占環境では、社会に役立つ新製品が開発され、クリエイターに持続的な利益がもたらされます。ゆえに、テクノロジーの開発、そして独占環境を作り出すことが著書では強く勧められているのですね。

「競争は健全だ」という負のイデオロギー

このように説明されると、独占環境を生み出すことがいかにクリエイターにとっても、また社会全体を通してでも有用であるかがわかります。しかし、私たちは独占はよくないこと、競争こそ健全であると思いがちです。それは誰しもに「競争こそ健全だ」というイデオロギー(人間の行動を左右する根本的な物の考え方)があるからだと著者は書いています。

教育のシステムそのものが、競争することを強いているのです。著者の言葉を引用すると、

アメリカの教育システムは競争への強迫観念を反映しているし、それを煽っている。

学生の競争力を成績で評価し、最も成績のいい生徒はステータスと信任を得る。個人の才能や志向に関係なく、全員が同じ教科を同じように教える。

じっと机についているのが苦手な生徒は劣等感を覚え、テストや宿題に秀でた子どもは現実から離れた学校という狭い世界でアイデンティティを確立することになる。

4 イデオロギーとしての競争 p,59

著者はアメリカの教育について述べていますが、日本の教育もほぼ同じではないでしょうか。常に他人と競争して勝ち抜くことが求められます。

以前、常に競争し勝とうとすることが私たちに根付いていると実感する遊びがありました。それは、後出しじゃんけんをして、負け続けることができるか、というものです。これが意外と難しいです。

後出しじゃんけんで勝ち続けることは簡単です。いくらスピードが上がっても勝ち続けられます。ところが、負け続けることはできないのですね。スピードが上がると無意識に相手に勝つ手を出してしまいます。ぜひ一度、やってみてください笑

では、そうやって私たちが他人と熾烈な争いをして手に入るものは何でしょうか?

トーナメントを勝ち進むにつれて、それ(競争)はますますひどくなる。エリート学生はやる気満々で階段を昇り続けるけれど、ある時点で競争に破れ夢が砕かれる。

高校時代には大きな夢を持っていても、大学では優秀な学生がコンサルティングや投資銀行といった、いわゆる一流の就職先を目指してしのぎを削る中に埋没してしまう。

みんなと同じになるために、学生(あるいはその家族)は、インフレ以上に値上がり続ける、何万ドルもの学費を支払っている。

なぜ僕たちはそんなことをしているのだろう?

4 イデオロギーとしての競争 p,59

競争環境に身をおけば、周りのライバルたちに遅れてはなるまいと、大きな夢を捨て、高額な学費を支払って、一流の就職先を目指します。著者はスタンフォード大学からロースクールへと進学し、さらなる成功を求めて、何万人の卒業生の中でわずか数十人しかなれない最高裁の法務事務官を目指します。けれど、その最後の競争には敗れてしまったのです。

しかし、ペイパル創業後に著者はこう振り返っています。

振り返って初めて言えることだけれど、究極の競争に勝っていたら僕の人生は悪い方向へ変わっていたことを、彼(著者の友人)も僕も認めていた。

もし最高裁の法務事務官になっていたら、おそらく証言を録音したり他人の事業草案を書いたりして一生を過ごしていただろう。

新しい何かを創り出すことはなかったはずだ。

どれほど違っていたかはなんとも言えないけれど、その機会損失は莫大なものになっていただろう。

4 イデオロギーとしての競争 p,60

「競争によって得られるものがあるどころか、新しい何かを生み出すという点では、莫大な機会損失になっていた」との振り返りに衝撃を受け、考えさせられました。

競争の実態は、“卵のから”を求めて争っている

イデオロギーについて書かれた4章の最後に、シェイクスピア作の悲劇・ハムレットの言葉が引用されていました。

儚き命も将来も、運命と死の危険に曝そうとしているのだ。
それも卵の殻ほどの問題のために!
真の偉大さとは、大義がなければ微動だにしないが、
名誉が関わるとなれば、たとえ藁しべ一本のためにも、
命をかけて立ち上がることだ。

4 イデオロギーとしての競争 p,68 ハムレットの引用

競争をして得られるものは、お金・財産・名声など、守れるのは名誉・プライドなどですが、ハムレットではそれを“卵のからほどのもの”と形容されています。とても衝撃的な言葉です。

「そんなくだらないもののためを争いしているのではない!」と反論したくなりますが、終末の人生を迎えたときには競争して得られたものの何が残るでしょうか?

子どものためを思ってためた遺産をめぐって、相続の裁判は後を絶たないそうです。人と争ってまで手にしてきた財産が、自分が亡くなった後に骨肉相食む争いを生もうとはとても残念です。いったい何のために競争を勝ち抜いてきたのかと嘆かざるを得ません。

ノーベル文学賞に最も近い日本人といわれる作家の村上春樹は著書『回転木馬のデットヒート』で

そこ(都会)で暮らす人々の人生をたとえるなら、それはメリー・ゴーランド。
人はメリー・ゴーランドに乗って、日々デッド・ヒートを繰りひろげる。

と語っています。

私たちがデッド・ヒートを繰り広げているのはメリー・・ゴーランドの中であるとたとえています。その中で抜きつ抜かれつを繰り返すことにどんな意味があるのかと考えずにおれませんね。

競争の繰り返しの中に、人生のゴールを明言された仏教

仏教では私たちの同じことの繰り返しの人生を流転輪廻(るてんりんね)と言われています。

流転は流れ転がる、
輪廻も輪が廻るということで、
同じところを回り続ける人生の実態をあらわしています。

人としのぎを削りながら争った先にゴールはないとしたら、いったい何のために争っているのかわかりません。

そんな競争という同じことの繰り返しの人生に、「ここまで生きてきてよかった!」とゴールのあることを明らかにされているのが仏教です。ぜひ仏教を一緒に学ばれ、後悔のない人生を送っていきたいですね。

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