ねえ タラレバ教えてよ
私はやっと掴んだ幸せを
またこうしてブチ壊して
もしかして私幸せになりたくないのかな?
そもそも幸せって何なのかな?
『東京タラレバ娘』は東村アキコ先生による大ヒット漫画です。
最終巻発刊時点で累計460万部を突破し、昨年ドラマ化もされ、性別を問わず幅広い層に愛される作品となりました。
「アラサー独身女子は読むな」と言う人もあるほど、独身女子が受け入れたくない「現実」を生々しく描いた本作ですが、最終回は予想外の結末に。
これまでこのシリーズでは『東京タラレバ娘』が私たちに教えてくれる人生のアドバイスを考察してきました。
最終回である今回は、『東京タラレバ娘』9巻の最終話「ACT29 東京タラレバ娘」から、主人公・倫子が見つけた幸せ女子のなり方をお伝えします。
幸せになりたい!願えば願うほど分からない「幸せ」とは
女は幸せになりたい
幸せになりたいと
25超えたあたりから口ぐせのように言う
私達3人もよく言ってた
あの頃は幸せだったとか
この人を選べば幸せになれるとか
物語のクライマックスで倫子の脳内によぎったこの思い。
まさにアラサーの筆者は、共感しすぎて首がふっ飛んでいきそうなくらい、首を縦に振ってしまったこの一節ですが、読者の多くが痛感した思いではないでしょうか。
幸せとは何なのか。
25歳というと、苦しい就活をくぐり抜け仕事に就き、OL・サラリーマン生活も一段落してきた年代です。
大学4年生のときは「就職」という幸せを求め、それを掴み取り、「社会人生活」を立派に送れるという大人の幸せも得た25歳頃。
ふと幸せとは何なんだろう?と思ってしまう若者は少なくないように思います。
ちょうどこの年代くらいに転職する人が多いのも何となく頷けますね。
しかし考えれば考えるほど分からくなっていくのが「幸せとは」という問いです。
『東京タラレバ娘』の主人公・倫子も、幸せを求めて恋に仕事に奮闘してきたはずなのに、どうしてこうなってしまうのか、途方に暮れていました。
紆余曲折あって倫子は早坂さんという旧知の男性と同棲することに。
身近な「イイ男」と結婚するという「幸せ」が目前に迫ったとき、KEYが仕事から逃げたという緊急の知らせを聞きます。
KEYは東京タラレバ娘の第一話「ACT1 タラレバ女」で居酒屋で男の愚痴をわめく倫子たちに
「いいかげん、うるさいよ、こないだから。
あんたらのソレは女子会じゃなくて
ただの・・・行き遅れ女の井戸端会議だろ
そうやって一生、女同士で、タラレバつまみに酒飲んでろよ!
このタラレバ女!!」
と言い放った金髪のイケメン。
その後も倫子の前に現れては、何かと倫子にダメ出しをしたり、仕事の邪魔をしたりとアラサー独身女子全員の敵のような男ですが、実は亡くなった妻が倫子にそっくりで、倫子はちょうど妻が亡くなった年齢だったという事実が明らかに。
無意識に亡き妻と重ねていた倫子が早坂と同棲すると聞いたKEYは、妻の死についてインタビューを受ける仕事が耐えられなくなり、北伊豆に逃亡します。
親友の香・小雪たちに連れられ、追いかけてきた倫子は、KEYと二人で海辺へ。
初めてホンネをぶつけ合った二人はそのまま浜辺にあった小舟の上で一線を超えてしまいます。
倫子のスマホには早坂さんからの電話が鳴っていました。
優しくて素敵な男性・早坂さんと同棲が決まったばかりで、KEYを前に揺らいでしまう倫子の心。
「どっちにするか、今自分で決めろ」
「……だって…だってあんたを選んだとして…7つも歳下の男を…
そんなの結局無理でしょ!?
それじゃあたし幸せになれないでしょ!?」
「幸せって何だよ、もう卒業しろよそういうの
いいかげん、そんな実体のないものにすがるのはやめろ」
「幸せ」
幸せにしてくれそうな男
幸せにしてくれなさそうな男
でも今こうして後者に
また抱かれてしまっている私は
「幸せ」を何だと心得ておるんだと
「幸せ」とは「辛い」に早変わりするもの?タラレバ娘をさらに追い詰める「タラ」と「レバ」
「倫子さん!ホイ!!!」
「これレバ?倫子さんの求めてるモノ!」
家で早坂さんという優しい恋人が待っているのに、KEYと体を重ねてしまっている倫子。
見上げる空に、いつもKEY並みに倫子たちに辛辣な言葉を吐く幻覚「タラ」と「レバ」が現れます。
タラたちは空にわたあめのようなモノで「幸」という字を描いてみせました。
「アハハ倫子さんっタラ早坂さんの着信無視して…」
「別の男とこんなお外で…っ はしたないレバ!!!」
「あっ ホラ!
そんなことしてるから『幸せ』がバラバラに!!」
「ハイ 1本取ったら…
『辛』いに早変わり~☆なんつって」
「幸せ」の「幸」という字から一本取ると一瞬でその字は「辛い」の「辛」に変わってしまう。
タラとレバはその変化を夜空に字を描いて示してみせます。
それはまるで二人の男に心を迷わせ、掴んだばかりの幸せをあっという間に手放そうとしている倫子を表現しているようでした。
は、出たそのたとえ
ベタベタど定番
昔の歌謡曲の歌詞にありそな
でも大丈夫
その「幸」の字をずっと見ていたら
ゲシュタルト崩壊しちゃってもう
どっちの字だか
わからない
私達には
もうこの文字が何なのか
崩壊しちゃって
分からない
口癖のように「幸せになりたい」と言いながら幸せになれない倫子は、もう「幸せ」が何か分からない。
「イイ男と結婚して幸せにしてもらう」
という幸せを追い求め、身近なイイ男と同棲を始める幸せを掴んだはずの倫子。
手に入れたはずの幸せも自分の行いであっという間に崩れてしまう現実を知ったとき、倫子の「幸せ」観に大きな変化が訪れます。
東京オリンピックまでに結婚したいなんて言っといて
あんなに優しい人と
一緒に暮らし始めといて
私は全てを捨てて
久しぶりに戦場に舞いもどり
勝ち目のない戦で
無謀な作戦に打ってでようとしている
旧式の武器しか
持ってないのに
戦場の地図すらないのに
作戦の目的はただひとつ
敵の捕虜になっている彼を
彼を救い出して
幸せにすること
あなたを幸せにしたい
自分の幸せなんて今はどうでもいい
私の中で何かが大きく変わった
苦難の連続だった「タラレバ娘」を「幸せ女子」に変えたのは、他人の幸せを思いやる心
仕事をほぼ失っていた時期、倫子は映画バーのイケメン経営者・奥田さんに恋をし、奥田さんとの結婚で幸せになろうとしていました。
有頂天な倫子の前に現れたタラと、倫子はこんな会話をしています。
「逃げではないタラね?」
「逃げじゃないわよ、幸せに向かって走ってるの!!
あたし今度こそ幸せになるの
あの人に幸せにしてもらうの」
「あの人に幸せにしてもらう」という発言の根底には、「イイ男」と結婚することで、自分は幸せになれるという考え方が見え隠れします。
自分で幸せな人生を作るのではなく「イイ男」がどこかから現れて自分を幸せにしてくれる「幸せ」を追い求めていたのです。
倫子が喜んでいたのはつかの間。
カレの受け入れられない部分が目につくようになり、結局破局してしまいました。
33歳の一年間、奥田さんとの破局だけにとどまらず、苦難続き。
ようやく掴み取った「イイ男に幸せにしてもらう」幸せの脆さを知った倫子の心は、最終話で大きく変わります。
亡き妻の死から立ち直れず苦しんでいるKEYの心を幸せにしたいと思うようになった倫子。
「あの人に幸せにしてもらう」ではなく、「あの人を幸せにしたい」という心は「自利利他」の精神と言われる心です。
「自利利他」とは利他、つまり誰かを幸せにするままが、自利、つまり自分の幸せになるという意味の仏教用語で、お釈迦様は幸せになりたいなら、まず他人を思いやりましょうと教えていかれました。
人の幸せを念じる思いやりの心は、自分自身に必ず幸せとして返ってくる。
周囲の人を幸せにすることを心がける心は「幸せ」を引き寄せる心なのです。
イイ男に幸せにしてもらう幸福の限界を知った倫子は、大切な人はもちろん、周囲の友の幸せも願うようにもなります。
幸せになって
みんな
できれば
みんな
人を幸せにしようとして初めて、自分がどれだけ周囲の人に助けられているかが分かる
あなたに出会えたから
10年前あなたに好きと言ってもらえたから
10年後あなたにこっぴどくフラれたから
私
自分がいつの間にか33歳になってるって
気づけたんだ
そしていつものあの店で
3人で飲んで騒いでたから
あいつが私達にあんなこと言ったから
あいつが私にはっきり言ってくれたから
私達もう女の子じゃないって気づけたんだ
タラレバ人生を変えたKEY、自分を見守り身勝手な行動を許してくれた早坂さん、時にはお節介も焼くほど友の恋愛を応援してくれた親友・香と小雪。
そして現実逃避ばかりしていた倫子を変えようとしていたタラとレバ。
周りのみんなが幸せになってほしいと思うようになった倫子は初めて、自分がどれほど周囲の人々に支えられて生きていたかを知らされます。
「イイ男に出会え『タラ』」ではなく、「自分がイイ女になって周りを幸せにしたい」という心になってから、以前と全く変わらない独身アラサー人生が、大切な仲間たちに囲まれた幸せな日々に一変した倫子。
『東京タラレバ娘』は「アラサーに辛辣な現実を突きつけて現実を考えさせる作品」として一躍有名になりました。
しかし『東京タラレバ娘』の本当の魅力は、イイ男と結婚した訳でもなく、いつもと変わらない人生を送る主人公が、心が変わることで人生を変えることができたという物語にあるのではないでしょうか。
タラレバばかり言ってたらこんな歳になってしまった
もちろんこれからも
タラレバ言っちゃう日があると思うけど
でももう大丈夫
タラレバのお陰で
この1年いいことあったって思えるから
そうあなたに出会えたから
あなた達がいてくれたから
私はこの街で生きていける
ああ
東京タラレバ娘
かく言う筆者はまだまだ自分の幸せばかり考える『タラレバ娘』から卒業できていませんが(笑)倫子を見習って日々少しでも、変わっていきたいと思います。
「『東京タラレバ娘』からの仏教」シリーズを読んでくださって、ありがとうございました!
20代からの仏教アカデミー 獄上