その剣に祈りを、その命に願いを
ーーー此処に“外典”は紡がれる
現在アニメが第2クール放送中の『Fate/Apocrypha』。
劇場版『Fate/stay night [Heaven’s Feel]』や『Fate/Grand Order』で今年も話題を独占し続けたFateシリーズの「外典」が東出祐一郎さんによるスピンオフ作品『Fate/Apocrypha』です。
『Fate/Apocrypha』あらすじ 聖杯大戦のために生まれたジークは自分の存在意義と向き合っていく
『Fate/Apocrypha』の舞台は、かつてない規模で繰り広げられる「聖杯大戦」。
魔術師が世界の裏側に跋扈している世界で、どんな願いも叶える万能の願望器「聖杯」を求めて繰り広げられる魔術師の決闘が聖杯戦争です。
本来聖杯戦争は、魔術師が魔術を一般人から秘匿するために組織した魔術協会の管理の下、7人の魔術師が7体のサーヴァントを召喚して行われます。
しかし『Fate/Apocrypha』で命を懸けた戦いに身を投じるのは倍の14組。
ことの発端は、魔術師の世界で没落したユグドミレニア一族の名誉を挽回するため、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアという魔術師が聖杯戦争の要となる「大聖杯」を第二次世界大戦中に奪い城塞に隠したことでした。
90を超えたダーニックはヴラド・ツェペシュ(ヴラド三世)を召喚し一族から選ばれた他の6人のマスターたちにもサーヴァントを召喚させ「黒」の陣営を結成、魔術協会からの離反を宣言します。
そのユグドミレニアの討伐のため、魔術協会もマスターを集め「赤」の陣営を結成。
前代未聞のスケール「聖杯大戦」の火蓋は「黒」の陣営と「赤」の陣営により切って落とされます。
60年前から聖杯大戦の準備をしていたダーニックには、この聖杯大戦に勝利するための秘策がありました。
マスターが持つ魔力が多ければ多いほどに有利となる。
そのはずだが、ここでユグドミレニアは発想を転換した。
消費する魔力は、第三者から死ぬまで搾り取ればいいという、単純で残酷なアイデア。
無論、ただの凡庸な人間では駄目だ、倫理的な問題ではない。
単に秘匿するのが難しくなるという、それだけの理由だ。
そうかといって生贄にする魔術師たちの数を揃えるのもまた難しい。
けれど、魔術回路を持ったホムンクルスならば、惜しむ者は誰もいない。
金と手間が掛かる作業であるが、逆に言えばその程度でしかない。
サーヴァントを戦わせるための「電池」としてホムンクルス、つまり人造人間を大量生産し、命を死ぬまで搾り取る。
画期的な作戦の影で、生まれたばかりの人造「人間」の命が大量にすり潰されていったのでした。
そんな消費されるホムンクルスとして生まれた主人公・ジーク。
私たちを変わらない高度な自我を備えて生まれたジークは、自分を作り出した魔術師たちの会話を聞き、自分がもうすぐ魔力供給のために殺される未来にあることを悟ります。
ーーーなんて無意味な生命。なんて無意味な存在(じぶん)。
無意味に産み落とされて、無意味に死に果てる。
ただその残酷な事実に震えるしか、するべきことはない。
厭だった。
何が厭なのか分からないが、とにかく酷く厭だった。瞼を閉じるのも恐ろしかった。
それきり、二度と目覚めないような気がしたからだ。
アストルフォに助けられたジークに告げられた衝撃の事実は「余命三年」
ジークは間近に迫った自分の死を知り、死への恐怖とともに、あっという間に殺される自分に存在価値はあるのかという疑問に苦しみます。
ここにいては殺されるだけ。
一つだけ確かなこの事実から逃れるため、閉じ込められていた水槽のような装置を魔力で破壊し脱走します。
歩いたことがなかったため、あっという間に体力が尽き倒れてしまい、通りかかったアストルフォ(ライダー)により助けられたジーク。
アストルフォはケンタウロス族随一の賢者で医術の知識を持つアーチャー(ケイローン)にジークを診てもらうことにします。
「どうやら魔術回路が暴走し掛けたようですね。
あのガラスを破壊する際に魔術を行使したため、その余剰魔力が血管で暴れたのではないか、と。……加えて、単純ながら理由はもう一つ、過労です」
「過労?」
「恐らく、彼は生まれて一度も歩いたことなどない。自力で立ち上がったことすら今日この日が始めてでしょう」
「そうか。……産まれたての赤子か、彼は」
戦闘用ではなく、供給用として生み出されたジークの肉体は産まれつき虚弱で、魔術師として抜群の素養を持っていながら素質を活用できるだけの体が備わっていませんでした。
魔術を行使すれば、回路は耐えられても虚弱すぎる肉体が耐えられないのです。
「使わなければ問題ないのかな?」
「そうでしょうね。
ただ……それでも真っ当に生きていくのはひどく難しい。
恐らく保って三年の命でしょう」
部屋が沈黙に包まれる。三年、という単語のあまりに残酷な響きに、さすがのライダーも肩を落とした。
受け入れがたい余命三年という現実にアストルフォが落ち込んでいたところ、ジークが目を覚まします。
「怯えていますね」
「そりゃあそうさ、ボクたちは怯えられて当然の存在だよ?」
ライダーが口を挟んだ。
ホムンクルスは、ライダーに関してはもうそれほど怯えてはいないのだが、と反論しようとしたが黙っていることにした。
「怯えついでにお伝えしましょう。
ーーー率直に言って、君が生きていられるのはあと三年ほどです」
淡々とした声で、アーチャーは冷酷な真実を改めて剥き出しにした。
余命三年のホムンクルス・ジークは「生き方」を考える必要に迫られる
余命三年。
生まれたばかりのジークにとってそれはあまりにも残酷な現実でした。
黙っていることもできたのに、アーチャーがあえてジークに受け入れがたい事実を伝えたのには理由がありました。
「これが赤子であれば、嘆きもするし同情もしましょう。
ですが、君はホムンクルス。
ある意味で生まれながらにして、完璧な存在です。
ならば、君は考えるべきでしょう」
何を考えろと言うのか。
その問い掛けに、アーチャーは真っ直ぐ……文字通り射抜くような視線んで彼を見据えた。
「どうやって、生きていくのか」
ーーーそれは、ホムンクルスにとっては一生涯掛かっても解けない謎のように思われた。
生きていることそれ自体が奇跡だというのに、どうやって生きていくべきか、とは。
ここでアーチャーが言った「どうやって生きていくべきか」という問いは、どんな職業について生計を立てるかとか、どんな人と結婚するかという主旨ではないと思われます。
何十年と生きられる命ではないジーク。
たった三年の命しか持たないのだから、限られた一生の時間で、自分が生まれた意味は何かを考えてから人生をスタートするべきだ、とアーチャーは言いたかったのではないでしょうか。
まさしくこの問いは、死が迫っていることを悟ったとき、ジークが強く懐いたこの思いを想起させるものでした。
ーーーなんて無意味な生命。なんて無意味な存在(じぶん)。
無意味に産み落とされて、無意味に死に果てる。
ただその残酷な事実に震えるしか、するべきことはない。
厭だった。
何が厭なのか分からないが、とにかく酷く厭だった。
自分が生まれた意味が分からないまま、あっという間に死んでいくのは嫌だ。
ジークが答えを求めたこの問いを、アーチャーは考えるべきだと教えます。
しかし怪物たちの養分として消費される運命にあったはずのジークにとって、いま生きていることが既に奇跡であり、三年しかない人生で為すべきことは何かを考えるのは途方もない難題に思われました。
「どうやって、生きていくのか」は全ての人にとって考えるべき大きな問題
だが、“黒”のアーチャーは厳然とした態度で宣告する。
「それでも、考えなさい。
そうしなければ、仮令生き延びても此処で死ぬのとさほど変わりはないのです。
それでは、意味がない」
「生きているだけで儲けモノ、でもボクは構わないと思うけどなー」
ぼそりとライダーが呟くが、アーチャーはただ一言。
「駄目です」
と、ライダーの意見をあっさりと跳ね除けた。ホムンクルスはアーチャーの言葉に答えない、答えられない。
何をどう考えればいいのか、大海に放り出された木っ端のような気分だった。
生まれた意味を考えなければ、「仮令生き延びても此処で死ぬのとさほど変わりはない」。
三年しか生きられないジークに、限られた命で自分は何をするために生きていくべきなのか、考えるべきだと教えます。
しかしよく考えると、アーチャーのこの問いは余命三年のジークだけに当てはまる話ではありません。
私たちも不慮の事故で三年以内に死ねば、余命三年だったということになります。
もっと言えば、普通に生きていても大地震や通り魔に合わない可能性はゼロではなく、明日絶対に死なない保証もないのです。
そう考えると「どうやって、生きていくのか」「どうやって生きていくべきか」、つまり生まれた意味は何かを考えるのは、余命三年のジークだけがすることではなく、全ての人が死ぬときに後悔しないために今から考えておくべきことなのかもしれません。
仏教を説かれたお釈迦様という方は
人身受け難し、今已に受く
という言葉を残されています。
生まれがたい人間に生まれることができてよかったという意味の喜びの言葉です。
お釈迦様は仏の悟りを得られてから45年間、人間には苦しくても生きなければならない大切な生まれた意味があるということを教えていかれました。
人間に生まれたからこそ果たせる私たちの「存在意義」。
その答えを求めて、ユグドミレニア一族の城塞から逃げ出したジークは、自身の名前の由来となる英雄・ジークフリートに出会うのでした。
生まれた意味を求めて歩き始めたジークの、次に訪れた人生の転機から次回は学びます。