それは、強くてもろくて美しい、戦う宝石たちの物語。
昨年アニメ化された大ヒット漫画『宝石の国』。
古代と言われるほど昔に人類が滅んだ世界に生きる、人間とよく似た姿をした宝石たちのアクション・バトル・ファンタジーです。
高校時代仏教系の学校に在籍していた市川春子先生による本作は、キャラクターデザインなどに仏教色が見られ、作品の世界観をさらに深いものにしています。
砕けても破片をつなぎ合わせれば元に戻る、不死身の体を持つ宝石たちが『宝石の国』の主役。
月からやってくる狩人「月人」が宝石たちを装飾品にしようと襲ってくるため、互いの得意とする能力を補い合いながら対抗し、寄り添い合って長い時を過ごしていました。
主人公・フォスフォフィライトはそんな宝石たちの中で最年少。
戦闘力の指標となる硬度が「三半」、その上生まれついての不器用で他の仲間のように仕事を担えず、周囲からトラブルメーカー扱いされていました。
無能だったフォスフォフィライトが強くなる。アンタークチサイトとの運命の冬
フォスはある時、フォスたちと同じく人類滅亡後に生まれたアドミラビリス族という生物の王・ウェントリコススによって月人に差し出され、両足を失います。
弟と引き換えにするためフォスを利用したことを懺悔したウェントリコススは、弟の貝殻の一部をフォスに渡し、去っていきました。
貝殻はアゲートという鉱石の一種であることが分かり、うまく体と繋がった上、足が変わったことによりフォスは速く走れるようになります。
脚力が上昇したフォスはずっと憧れだった戦争に参加することを熱望し、アメシストたちが見回りするのに付き添うことになりますが、月人と対峙したとき恐怖で動けず他の仲間に助けられます。
冬になり、宝石たちは冬眠する時期になりましたが、フォスは目が冴えて眠れませんでした。
皆が冬眠に入る中、冬のみに活動する宝石・アンタークチサイトとフォスは一緒に仕事をすることになります。
アンタークは通常は完全な液体。
気温が下がると結晶化し人型になり、寒ければ寒いほど強くなる特異体質です。
アンタークチサイト「妙な足 アゲートか
戦争には出たのか」
フォス「でたけどさー
肝心な時 怖くて走れなくて」
アンターク「怒られたか」
フォス「いや 怒られなかったのが くやしくて ねむれない
それに冬は起きてるだけでつらいっていうから
ちょっとがんばってみようかなと思って……」
アンターク「ならば 仕事をひとつ分けてやろう
きついぞ」
フォス「やだ!けど やる!」
「できることしか やらないからだ」フォスを変化させていくアンタークの名言
フォスは硬度が三半で戦闘に不向きとされ、不器用で他の仕事もできませんでしたが、アンタークはフォスよりもさらに脆い硬度三でした。
にも関わらず、アンタークが冬に一人で担っていた仕事はとてもハード。
フォスたちが暮らす、人類滅亡後に残った唯一の陸には、冬になると大量の流氷が押し寄せ、不快な轟音が冬眠する宝石たちの眠りを妨げていました。
アンタークの日課はおびただしい量の流氷を砕くこと。
自分の体よりはるかに大きな流氷を砕いていく様を見て、フォスは自分にできる訳がないと投げやりになります。
フォス「すごい仕事分けてもらって恐縮なんですが
僕にはちょっと早いんじゃないかなー
足しかないんですよ 足しか」
アンターク「私だってこの気温では まだ体が完全ではない
海に落ちたら流氷の重みで
すりつぶされる
慣れだ」
フォス「ほんと?先生を独り占めしたくて わざと危険な仕事振ってなあい?」
アンターク「叩き割るぞ
低硬度から勇気をとったらなにもない」
フォス「できることしかできないよ」
アンターク「できることしかやらないからだ」
フォス「できることならせいいっぱいやるよ」
アンターク「できることしかできないままだな」
この時代は一冬に晴れるのは平均十日ほどで、光と栄養とする宝石たちにとってはとても厳しい環境です。
予測はしやすいものの、晴れれば確実に月人が襲来する危険な時期でもあります。
そんな厳しい季節に海辺まで延々と続く大雪原をひたすら歩き、流氷を次々と割るアンターク。
一見、生まれつき優れている宝石なように思われますが、実際はそうではないのです。
「低硬度から勇気をとったらなにもない」
というアンタークの言葉は、戦闘に不向きな自身の今の現状を目をそらすことなく見つめ、他の宝石がやらない仕事を請け負う勇気を誇りとしてきた彼の信条でしょう。
一面の雪景色が広がる地上は厳しい寒さですが、実はアンタークが活動するには暖かく、コンディションは万全ではありません。
気を抜いて海に落ちてしまえば、バラバラになり地上に帰ってこれない可能性もある危険な仕事。
他の宝石がしない冬の危険な仕事を、率先して担う勇気こそがアンタークの武器でした。
生まれついた能力がなくても、難しい仕事でも、勇気を持って毎日少しずつ少しずつ努力すれば、やがて皆の役に立つ存在になれる。
アンタークの名言と言葉通りの生き様からは、そんな私たちへのメッセージが伝わってきます。
フォスの未来を変えるアンタークの名言から、私たちが学べることとは
私たちも現代の競争社会で、気づけばアンタークと出会うまでのフォスのように自身の才能を恨み、周りを妬んでいることが多いのではないでしょうか。
自分より有能な人、裕福な育ちの人、美しい人、早く出世していく同期や努力せずに周囲に可愛がられる人…
周りを見渡せば、自分より楽して幸せに生きている人ばかりに見えてくるものです。
いくら努力しても結局は持って生まれた能力や顔の良さには敵わないなあ…と思う方は少なくないでしょう。
筆者も友達や職場に専門職の方が多く、自分は事務職しか経験がないことに不安を感じることが多いです。
今の御時世は転職してこられる後輩さんも多く、違う会社に転職しても活躍できる方々は自分とは生まれ持った才能が違っていいなあと思ってしまいます。
自身も認める「無能」だったフォスはまるで自分を見ているようで、アンタークの言葉はフォスだけでなく、私自身を激励してくれているように感じました。
『宝石の国』の作者・市川春子さんも学ばれていた仏教は、因果律という原理を根本にしています。
いんが‐りつ 【因果律】
哲学で、すべての事象は、必ずある原因によって起こり、原因なしには何ごとも起こらないという原理。
すべてのことには、必ず原因がある。
今の自分の能力や才能は過去の行いの結果。
そして自分の未来の姿は、今の行いが作りだす。
自分の今の現状をありのままに見つめて、毎日地道な努力を積み重ねていけば、未来はいくらでも変えることができる。
誰よりも活躍したい、カッコいい仕事がしたいという気持ちだけで、努力してこなかったフォス。
三百年の人生(宝石生?)で何も変化のなかったフォスは、この日を境に大きく変わっていきます。
硬度三で生まれながら、自分にしかできない冬の大役を担うアンターク。
彼の勇気は、現代社会で疲れ、自信をなくしがちな私たちにも大切なことを教えてくれているようです。