【刀ステ慈伝・感想】「慈伝 日日の葉よ散るらむ」山姥切国広とへし切長谷部の変化から分かる、大切な人を失う悲しみ(ネタバレ注意)

俺たちは刀だ。

言葉尽くさず、刃持ちて語らおう

三日月宗近が去ったあとの本丸で、山姥切国広と仲間たちが過ごしたある日々を描いた「舞台『刀剣乱舞』慈伝 日日の葉よ散るらむ」。

劇場を笑いで満たした明るくあたたかい「慈伝」は、山姥切国広の心を紐解いていく物語でもありました。

これまで圧倒的な支持を得てきた、鮮やかな殺陣や衝撃的なストーリー展開とは、また違った方向性を切り開いた「刀ステ」。

人の心を優しく深く見つめていく物語を考察し、「慈伝」の深い魅力をお伝えしたいと思います。

※「舞台『刀剣乱舞』」「刀ステ」って何?という方はこちらの記事でご紹介しています。

【刀ステ悲伝・感想】三日月宗近から「悲伝」の本当の意味を考察する(大千秋楽公演ネタバレ有り)

慈伝」の大部分は本丸で過ごす刀剣男士たちが中心で、アニメ化作品『刀剣乱舞 花丸』を彷彿とさせる雰囲気です。

しかし劇場を笑いで満たすだけではない、深い物語が徐々に明らかになっていきます。

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※本文中の「慈伝」作品紹介は7月6日の大阪公演、7月12日の兵庫公演を鑑賞させて頂いた筆者が、覚えている内容をご紹介しています。

セリフやストーリー展開に誤りがあると思いますが、ライブビューイング配信やBlu-rayを鑑賞させて頂いたあと、修正させて頂く予定です。

【慈伝・あらすじ】「山姥切と山姥切」を心配して奮闘する、へし切長谷部(ネタバレ注意)

「よし!帰ってもらおう!

いったん帰ってもらって、頃合いを見てもう一度来てもらうしかない!」

本丸に、1人挙動不審な言動をする刀剣男士がいました。

「慈伝」は前作「悲伝 結いの目の不如帰」で本丸を奇襲された刀剣男士たちが、審神者とともに新しい本丸に引っ越してきた後の日々を描いた物語。

原作ゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」でも実装されていた「特命調査 聚楽第」の任務が、引っ越して間もない本丸に下され、刀剣男士たちは出撃します。

調査を無事達成した本丸には、原作ゲーム通り、新たな刀剣男士・山姥切長義がやってきました。

次郎太刀をはじめ多くの刀剣男士たちが晩秋の新参者を歓迎する中、何かを思いつめている刀剣男士がいました。

それは主人公・山姥切国広と長らく本丸の日々をともにしてきた刀剣男士・へし切長谷部

俺こそが長義が打った本歌山姥切

聚楽第での作戦において、この本丸の実力が高く評価された結果こうして配属されたわけだが、……さて」

現れた山姥切長義の、他に臆する事がない態度を見た長谷部はいきなり「いったん帰ってもらって、頃合いを見てもう一度来てもらうしかない!」と言い始めます。

顕現した頃からずっと、写しであることにコンプレックスを抱いてきた山姥切国広(通称:まんば、以下通称で表記)は、近侍を勤め上げ心身ともに強くなりました。

しかしコンプレックスの元凶である本歌・山姥切長義と接触することで以前のように苦しむようになるのではないかと、長谷部は心配していたのでした。

長谷部と同じく、長い間まんばちゃんと共に過ごしてきた同田貫正国山伏国広は最初、長谷部の心配しすぎだと言います。

しかし「(写しコンプレックスが)ぶり返したらどうする」と思い詰める長谷部の様子を見て

「そんな真剣な顔で言われちゃあなあ…」

とまんばちゃんと長義を穏便に会わせる方法を画策し始めます。

しかしまんばを大切に想えば想うほど、素直に心を表現できない不器用さんが長谷部。

長谷部だけでなく同田貫と山伏も感情が先走って、三人ともうまく事情を伝えられません。

色々と策を練るもののうまくいかず、焦れば焦るほど事態はとんでもない方向に向かっていきます。

当人たちは必死ですが、傍からみるとその姿が非常に笑いを誘うシュールさで、劇場は笑いに包まれていました。(筆者も笑いすぎて涙が出ました)

特にへし切長谷部役和田雅成さんが併せ持つ、長谷部への愛と大阪生まれの笑いのセンスが、へし切長谷部の不器用な魅力を絶妙に表現されています。

長谷部最推しの大阪人として、長谷部をここまで深く表現した作品を鑑賞させて頂けたのは、一生の宝物としか思えません。

一方でファンに笑いと喜びを与えた長谷部の健気な必死さは、ある違和感も呼び起こしました。

それはまんばちゃんに対する、長谷部の内面の変化です。

「刀ステ」序伝から慈伝で大きく変化した、山姥切国広とへし切長谷部の関係性

慈伝」では第一弾キービジュアルを飾り、新たな刀ステシリーズの中心的存在といえる山姥切国広とへし切長谷部

しかし刀ステ本丸の初期、二人は決して良好な関係とはいえませんでした。

同田貫「なんでお前が隊長気取りなんだよ?」

長谷部「少なくとも、山姥切国広よりは隊長の任を務められる

なぜ主は俺に近侍を拝命してくださらなかったのか」

同田貫「まあ。マンバは俺たちの本丸のはじめの刀だからな」

長谷部「(思わず)どうして主はわざわざ写しの刀などをお選びになられたのだ

小夜左文字「長谷部さん……そういう言い方はよくないです」

長谷部「……すまん、言葉が過ぎた」

本丸ができて間もない頃を描いた「序伝」(刀ステシリーズ5作目「ジョ伝  三つら星刀語り」一幕)で、長谷部はまんばちゃんが不在時、自分の方が近侍に向いているとハッキリ不満をあらわにしています。

戯曲本に「(思わず)」という表現があることから、内心ずっと思っていることが出てしまった失言なのでしょう。

しかしその後、虚伝のあとの時間軸にあたる「外伝 此の世らの小田原」では長谷部の態度が変化。

自分を打った刀工の弟子に「写しなんて必要ない」と言われてショックを受けるまんばちゃんを見て、フォローしようと焦る場面があります。

(この場面の和田雅成さんの演技も筆者は大好きです)

そして今回の「慈伝」では、長谷部は誰よりも先にまんばちゃんのコンプレックスがぶり返すのではないかと心配します。

まんばちゃんのメンタルを必死に守ろうとする長谷部は、他の仲間も巻き込んでいき、事態はどんどん大きくなっていきました。

しかし長谷部たちの苦労むなしく、まんばちゃんと長義は最悪の形で出会うことに。

長谷部たちの目論見を知った長義は「本物を知らない可哀想な本丸」「山姥切と呼ばれるべきは俺」とまんばちゃんを散々に攻撃します。

「ほらぶり返しただろう」

「前の山姥切に戻ってしまった」

「恐れていたことが起こってしまった」

と長谷部は激しく意気消沈。

その落ち込みの大きさからも、長谷部がどれだけ必死にまんばちゃんのハートを守ろうとしていたかが分かります。

口では主のためと言いながら、まんばちゃん個人を深く案じている長谷部の心が伝わってくる、笑いとあたたかさに満ちた演出でした。

「どうして主はわざわざ写しの刀などをお選びになられたのだ」と「序伝」では散々な発言をしていた長谷部。

長谷部をここまで大きく変えたものは、一体何なのでしょうか

その理由は、まんばメンタルガード作戦(?)中のある会話に表れています。

まんばちゃんと長谷部の絆を強めたのは、大切な存在を失う悲しみ

長谷部と山伏は「明石焼きを食おう」「修行をしよう」「筋肉の相談がある」と明らかに不自然な理由をつけ、まんばちゃんが長義にいきなり会わないよう腐心します。

同田貫も山姥切たちが鉢合わせそうになり、焦って長義の頭部にマントを被せたり、苦し紛れの言い訳をする様子が役者さんの表現力で非常にコミカルに描かれていました。

誰が見ても不自然すぎる長谷部たちの行動を、勿論まんばちゃんも次第に怪しむようになります。

しかしまんばちゃんは「鶴丸鶴丸国永)が視察官に化けて驚かせようとしている」という勘違いをして鶴丸を探し始めました。

そんなまんばちゃんを見て、長谷部が言った言葉がとても印象に残っています。

以前のあいつであれば、こんなことにはならなかった!

あれ以来、あいつはどこか上の空だ…」

この言葉には、長谷部の内面が大きく変化した理由が隠れているように思います。

長義はまんばちゃんに対して攻撃的な物言いを続け、ついに勝負を吹っかけます。

実戦を想定した六対六の2部隊で勝負をし、自分が勝ったら「山姥切」という呼び方はまんばちゃんではなく自分に対して使うよう皆に求めたのです。

最終的に勝負は3部隊で行われ、長義は戦略で優位に立ったものの結果的には敗北。

負けを認めたくない長義は、まんばちゃんと一対一での決戦を吹っかけ、勿論コテンパンに負かされてしまいます。

この勝負のとき、本丸の仲間たちが集まる中で、まんばちゃんが言った衝撃的な言葉があります。

俺たちは刀だ。

言葉尽くさず、刃持ちて語らおう

これは「悲伝」で本丸を去った三日月が、本丸の仲間たちに刃を向けられたときに残した言葉です。

まんばちゃんの心は、三日月宗近が仲間たちに刃を向けられ、円環の果てで消えていった日からずっと止まっていたのではないでしょうか。

鶯丸も負けた長義に対し、まんばちゃんの心中を代弁するように

「山姥切は、もう誰も失わぬよう、強くなりたいと思っている」

というようなことを言っています。

大切な存在を失った悲しみが、穏やかに見える日々の中でずっと、まんばちゃんの心を囚えていたのです。

そして長谷部のまんばちゃんへの想いを大きく変えたのも、この大切な存在を失った悲しみなのではないでしょうか。

へし切長谷部は誰よりも、大切な存在を失う悲しみに苦しんできた

主の一番であることを渇望しているが、それを口にすることはない

言わずと知れたへし切長谷部の紹介文は、長谷部が囚われ続けている苦しみを端的に表しています。

誰よりも愛されたかった元主・織田信長から下げ渡された悲しみが癒えないまま、時を経て歪んだ愛憎に変わり、大切な主・黒田長政と死別した悲しみも、忘れたことにしなければ生きていけない。

そんな脆くて痛ましい性(さが)を抱えた刀剣男士・へし切長谷部は多くの審神者の心を掴んできました。

刀ステの長谷部は「悲伝」で修行から帰り

「へし切長谷部。戻りました。俺の刃はただ、今代の主のためだけにあります」

と言って審神者の命を救います。

一見、極になった長谷部は「元主への執着」から自由になったように見えます。

しかし見方を変えれば「捨てられたくない」「失いたくない」対象を今の審神者にすり替えている危うさも感じられます。

「舞台『刀剣乱舞』慈伝 日日の葉よ散るらむ」パンフレットで脚本・演出末満健一さん

艱難辛苦を乗り越えた先にはなにがあるのか

愉快適悦の底にはなにが流れているのか

先人は「苦あれば楽あり」などという諺を残しましたが、その短い句の隙間からこの世に在ることの深淵が顔を覗かせているような気がしてなりません。

とコメントされています。

末満さんも仰っているように、「苦あれば楽あり」という諺には私たち人間の生の深層が表れているようです。

仏教では私たちは輪廻転生を繰り返し、様々な世界に生まれては死に、次の世界へ生まれると説かれています。

私たちが輪廻転生する世界を6つに分類して説かれたのが「六道輪廻」という言葉で知られる「六道」です。

その6つの世界のうち、私たちが人間として生を受けている今の生を「人間道」といいます。

人間道は人間が住む世界である。

四苦八苦に悩まされる苦しみの大きい世界であるが、苦しみが続くばかりではなく楽しみもあるとされる。

六道ーーーWikipedia

「苦あれば楽あり」という諺は、苦しみが続くばかりではなく楽しみもある人間の世界をまさに端的に表していますね。

この人間道の説明にもある「四苦八苦」は現代では「四苦八苦する」というように非常に苦労するという意味で使われますが、元々は仏語で、人間が生きていく上で避けられない苦しみ8つに分けたものです。

その中の一つが「愛別離苦(あいべつりく)」。

家族や友達や恋人、そして仲間。

会うは別れの始めという諺もありますが、大切な人を失う悲しみは人間として生まれた以上、必ず遭わなければならない苦しみです。

そして人の心を得た刀剣男士の中でも、特に愛別離苦に苦しんできたのがへし切長谷部でした。

※こちらの記事でも詳しく考察しています

【刀剣乱舞】へし切長谷部の魅力は「愛」という苦しみ。日本号との回想「黒田家の話」でのセリフから分かる本心

いったん人の心を得た以上、愛別離苦から逃れることはできないし、おそらく長谷部自身も心の奥底ではその残酷な真実を理解しているでしょう。

敬愛する存在へ向けた想いを引き裂かれ、大切な人を失う悲しみに苦しんできた長谷部。

そんな長谷部だからこそ、三日月を失った日から時が止まったまんばちゃんの心に気づいたのではないでしょうか

生きていく上で避けられない愛別離苦。「慈伝」で描かれたのは、まんばちゃんと長谷部が人として互いを慈しむ心

実は「外伝」で、時間遡行軍が生み出した妖怪・山姥に惑いの心を増幅されたまんばちゃんは

「どうせ写しには、すぐに興味がなくなるんだろう。わかってる……」

と言い、へし切長谷部は

「あの男は、命名までしておきながら、直臣でもない奴に俺を下げ渡した。だから俺は……」

という胸に秘めた惑い(周りにはバレバレですが)を吐き出しています。

実は人の心を得た二振りが最も苦しんでいることは、愛する存在に捨てられた苦しみであり、捨てられるかもしれない不安であり、根っこは大切な存在を失う苦しみなのです。

「悲伝」でまんばちゃんは主が自分に興味を無くすのではないかという不安は乗り越えたように見えます。

しかしそれは三日月宗近を失った苦しみと、大切な存在である主や仲間をこれ以上失いたくない恐怖に変化しました。

言葉尽くさず、刃持ちて語らおう」という三日月が残した言葉をまんばちゃんが仲間たちの前で言い放ったのは、その表れでないでしょうか。

「心というものは、実に不便だ」と「虚伝 燃ゆる本能寺」で、三日月に言っていたまんばちゃん。

人の心を得たがゆえの苦しみをずっと抱えながら、三日月のいない本丸で日々を過ごしていたのかもしれません。

そんな彼の苦しみを真っ先に感じ取ったのが、どんな刀剣男士よりも愛別離苦に苦しんできた、へし切長谷部でした。

修行に行きたい思いと、近侍として本丸を離れる不安との間で揺れていたまんばちゃんを

悲しみはいつも胸の中に。されど心はここにあり

と言って、後押ししたのも長谷部です。

長谷部くんを大きく変えたのは、人間が生きる上で避けられない苦しみを、自分だけでなくまんばちゃんも抱いていることを知ったからなのかもしれません。

まんばちゃんも、長義がふっかけた勝負の組分けで、あえて長義側についた長谷部の選択を

「長谷部らしいな」

と言うだけで異論は述べない場面があり、お互いの価値観や意思を尊重しあっている強い関係が感じられました。

モノだった頃にはなかった、大切な存在を失う愛別離苦の痛み

まんばちゃんと長谷部は、互いが同じ苦しみを抱えた存在だと分かったことで、慈しみ合える「心友」になれたのではないでしょうか

※本文中の過去作品のセリフ紹介はこちらの戯曲(書籍版)から引用させて頂きました。より深く「刀ステ」を味わえるファン必見の一冊です!

戯曲 舞台『刀剣乱舞』三つら星刀語り(ニトロプラスオンラインストア)

 

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    獄上(ごくじょう)

    中学生でBL萌えに目覚めてしまい、腐女子になってはや15年近くの、筋金入りの「腐った」OLです。 三国志大戦が大好きで、大戦歴も気付けば10年以上に… 現在は『刀剣乱舞』にも夢中。 へし切長谷部と日本号、歌仙兼定や大倶利伽羅を中心に色んな組み合わせに萌えたり「活撃 刀剣乱舞」や「刀ステ」沼、「刀ミュ」沼の底で充実した沼生活(?)を送っております。 先月コスプレイヤーになりました。コスプレも沼が深くて楽しいですね! ★沼全開のTwitterはこちらです→@gokuzyo