“後悔”と“反省”の決定的な違いとは?多部未華子主演映画『あやしい彼女』から学ぶ「禅定」について

サイト管理人
今年4月1日に公開された多部未華子主演映画「あやしい彼女」。韓国で大ヒットした映画「怪しい彼女」の日本版です。今回は、若返りがテーマの映画を通して、“後悔”と“反省”の決定的な違いについて学びます。

こんにちは。YURAです。

みなさんは、若返りたいと思ったことはありますか?

今年4月1日公開の多部未華子主演映画「あやしい彼女」は、韓国映画「수상한 그녀(日本公開題:怪しい彼女)」のリメイク版です。あらすじとしては、73歳のお婆さんが20歳に若返ることで繰り広げられるヒューマンコメディ映画です。

主人公のお婆さんは、若い頃はとても貧しく、毎日生きることに必死で、自分の望む人生を送ることができませんでした。それがいきなり20歳に若返り、自分のしたかったこと、手に入れたかったものを、これからもう一度手に入れられる、人生をやり直せる、そんな夢のようなストーリーです。

(公式サイト:映画『あやしい彼女』公式サイト 映画『あやしい彼女』公式サイト)

このサイトを読んでいる方々はきっと若い方が多いと思いますが、一度は「学生に戻れたらな」とか「子供の頃に戻れたらな」と思われたことはないでしょうか。

そんな、過去に戻りたい、もう一度人生をやり直したい、と思ったことのある人は「何かもっと成し遂げたかったことがあったのにできなかった」そんな後悔が必ず1つはあるでしょう。誰しも後悔のない幸せな人生を送りたいと思っているはずです。

仏教では、後悔しない人生を送りなさい、と教えられています。ではどうすれば後悔しない人生を送れるのか。今回は“後悔”と“反省”というキーワードを通じて、仏教から学んでみたいと思います。

 勧められる禅定(反省)の実践

お釈迦さまは私たちに「すべては続かない世の中であることを見つめ、後悔を残してはならないよ」と教えておられます。私たちは何か失敗をしたり、悪い結果が返ってくると後悔することがあります。しかし仏教では、悪い結果が返ってきたときは後悔ではなく、反省すべきであると説かれているのです。

仏教に「禅定(ぜんじょう)」という言葉があります。禅定は、仏教で説かれる善行を6つにまとめた「六波羅蜜(ろっぱらみつ)」の1つです。

禅定波羅蜜 -特定の対象に心を集中して、散乱する心を安定させること。

波羅蜜 – Wikipedia

散乱する心を安定させる、とあるように、禅定は今日の言葉では「反省」といわれれるのですね。お釈迦さまは禅定(反省)の実践を勧めているのです。

では、後悔と反省は何が違うのでしょうか。

過去に縛られる“後悔”と未来を切り開く“反省”

後悔とは、後で悔やむと書きます。失敗してしまったことを「どうしてあんなことをしてしまったのか」と過去を悔やむことです。

禅定の「禅」は鎮める、いう意味です。散り乱れた心を鎮め定めて、自分に落ち度がなかったかを振り返ることです。

つまり、後悔は、結果である過去に着目しています。反対に禅定(反省)は、原因を見つめ、未来を変えようとするため、これからの自分を変える原動力となります

もし、映画のように若返ることができて、もう一度人生をやり直せるときが来ても、反省する心のない人は、おそらくもう一度、後悔の人生を歩むことになるでしょう。

しかし、禅定(反省)を知り、その実践を重ねてきた人は、たとえ若返らなくても、これからの自分の人生を自分で変えていこうと思い、熱意が湧いてくるのです。

“心”を変えてこそ、本当の反省

とはいっても、反省するというのは、なかなか難しいものですね。それは、本当の意味で反省するためには、心を変えないといけないからです。

仏教では私たちの行いを身体の行い、口の行い、心の行いの3つに分け、それぞれを身業(しんごう)口業(くごう)意業(いごう)といわれています。

仏語。身業・口業・意業のこと。身・口・心による種々の行為。

さんごう【三業】の意味 – goo国語辞書

私たちの行為はこの三つの行為(三業)に集約されるのです。

その中でも、一番重要なのは心の行いだと説かれています。なぜならば、心で思ったことを口や体で行うからです

反省するときも同じです。口や体で反省するのではなく、心を反省することが大切です。つまり反省するということは、心を変えるということです

例えば、ダイエットしたい女性がいるとします。彼女はとても甘いものが大好きで、毎日の間食が幸せでなりません。しかし、間食したあと「あぁ、また食べちゃった…」と後悔してしまいます。そして間食をしたことが原因だということもわかっています。なのになかなか、間食をやめられません。

この場合、原因を見つめるまではいいのですが、その一歩先にある“心を変える”というところまで行きついていないので、正しい反省ができていないということになり、なかなかこのスパイラルから抜け出せません。

悔いのない人生を送るために“心から”の反省を

先日、電車の中で女子高生が「私らもう年やからな~」と話しているのを聞いて、「いやいや、全然、年とちゃうから!」と思いつつも、私も昔はそんなことを言っていたなと、振り返ることがありました。自分の人生の中で、“今”が一番年をとっているわけですから、そう思うのも無理はありません。

これから先20年後というと、遠い未来のように感じますが、今まで歩んできた20年は、あっという間ではなかったでしょうか。残りの人生をどう生きるのか。後悔しない人生を送るために、“心から”反省のできる人間になりたいですね

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