最新作「Fate/EXTELLA(フェイト/エクステラ)」の発売を11月10日に控えるFateシリーズ。
最初の作品が登場してから10年以上が経つも、ファンに愛され続けるその深いストーリーを、このシリーズでは仏教の視点から解説してきました。
前回に引き続き、今回もFate/Zeroの間桐雁夜の苦悩とその原因について、仏教哲学の観点から解説します。
※シリーズ第1回はこちら(この記事だけでも読めます)
※前回同様、「これからFate/Zeroを見ようと思っているのでストーリーの内容を知りたくない!」という方はお気をつけ下さい。
「Fate/stay night」の人気ヒロイン、間桐桜(まとうさくら)の叔父、間桐雁夜(まとうかりや)。
ある日彼は、幼馴染である遠坂葵(とおさかあおい)の娘・桜が間桐家に養子に出されてから、毎日大量の虫を体内に入れられ、魔術の修行という名の虐待を受けていることを知ります。
雁夜の父・間桐臓硯(まとうぞうけん)が桜を養子にし、こんな仕打ちをしていたのは、雁夜が間桐家のおぞましい魔術を忌み嫌い出て行ったので、跡継ぎに困っていたからでした。
自分が魔術の世界から離れたために、大切な幼馴染の娘が日々、間桐家で虐待を受けていることを知った雁夜は、自責の念から贖罪を決意。
父である臓硯に、こう言います。
取引だ、間桐臓硯。俺は次の聖杯戦争で間桐に聖杯を持ち帰る。
それと引き換えに遠坂桜を解放しろ。
臓硯がどうしても跡取りを欲しがったのは、魔術師同士の死闘「聖杯戦争」に後取りを参加させ、どんな願いも叶える「聖杯」を手に入れたかったから。
臓硯は、何百年も魔術で延命を重ねた自身の体が徐々に腐ってきたので、完全な不老不死を聖杯に叶えてもらおうとしていたのでした。
父親の魂胆を見抜いた雁夜は、桜が受けている刻印虫という虫による調教を自身も受け、次の聖杯戦争までに一人前の魔術師になると宣言します。
時間をかけて習得する魔術を、たった1年で刻印虫により無理矢理仕込まれた雁夜の体は死体同然になり、余命1ヶ月と告げられます。
余命1ヶ月の体で聖杯戦争に挑んだ雁夜の壮絶すぎる苦しみ
いよいよ聖杯戦争が開始。
余命わずかな体で戦う雁夜の苦痛は想像を絶します。
虫どもが背骨を齧る。虫どもが神経を溶かす。虫どもが、雁夜の中に巣くうおびただしい虫どもが虫どもが虫どもが虫どもが虫どもが虫どもが虫どもが……
「がぁぁぁぁッ……」
堪えきれずに漏らした悲鳴も、掠れた呻きにしかならなかった。激痛は喉の奥につかえたまま外に出ていかない。雁夜は啜り泣きを漏らしながら、体内を荒れ狂う幾千もの蹂躙に耐え続けた。
重度の放射能被爆の末期状態と大差がなかった。
生物としての雁夜の肉体はとっくに死滅し、崩壊しかかっている。
それを強引に延命させ、まがりなりにも生者さながらに駆動させているのは、全身に触手を張り巡らした刻印虫の魔力である。
雁夜自身、自分の身体が、今もこうして目に見える形で残っていることが信じられない。
『Fate/Zero2 英霊参集』より
魔術を使うたびに全身の皮膚が裂け、血が吹き出し、指の爪が剥がれていく。
死体同然の肉体で、雁夜が幼い桜を助けようとする姿はファンの心を打ち、共感を呼びます。
しかし物語が進むにつれ、雁夜が己を犠牲にして聖杯戦争に参加した目的が「幼い桜を虐待の日々から救い出して罪を償う」だけでないことが明らかになっていきます…
贖罪の裏にある、雁夜自身の“欲望”と時臣への“憎しみ”
アニメ版はアニメという性質上モノローグが少なく、雁夜の本心が最初は明らかになりません。
しかし原作の「Fate/Zero1第4次聖杯戦争秘話」「Fate/Zero2 英霊参集」では雁夜の内心が細かく描かれており、雁夜の内心を読み解くと分かってくることがあります。
実は雁夜を突き動かしていたのは、桜への贖罪や慈悲ではなく「煩悩」でした。
「煩悩」とは仏教の言葉です。
除夜の鐘を鳴らす回数としても知られるように、108の煩悩が人間にあると説かれています。
中でも雁夜を強く動かした煩悩が、欲の心である「貪欲(とんよく)」。
さらに「愚痴」の心です。
「ちょっと愚痴聞いてほしい」
というようなときに私たちは愚痴という言葉を使いますが、仏教で説かれる愚痴の本当の意味は「ねたみ、うらみ、そねみ」の嫉妬心のことです。
まず雁夜が、贖罪のために桜を解放することを内心で誓うシーンを見てみましょう。
贖罪の道があるとすれば、せめて少女の未来の人生だけでも取り戻すことしかない。
加えて、聖杯を手にするために、残る六人のマスターを悉く殺し尽くすというのであれば……
桜という少女に悲劇をもたらした当事者たちのうち、少なくとも一人については、この手で引導を渡してやれる。
“遠坂、時臣……”
始まりの御三家の一角、遠坂の当主たるあの男の手にもまた、間違いなく令呪が刻まれていることだろう。
葵への罪の意識とも、臓硯への怒りとも違う、今日まで努めて意識すまいとしていた憎悪の堆積。
昏い復讐の情念が、間桐雁夜の胸の奥で埋火のように静かに燃えはじめていた。
『Fate/Zero1第4次聖杯戦争秘話』
実は雁夜は、桜の母親である葵に昔から片想いしていました。
しかし葵が自分と結婚すれば、優秀な魔術師の跡取りを産ませるために、臓硯が刻印虫により葵の体を改造しようとするのは目に見えています。
葵の身を守るため、雁夜は葵と結ばれたいという恋心を必死におさえました。
葵はそれを知らず、由緒ある魔術師の名家、遠坂家当主の遠坂時臣(とおさかときおみ)からの求婚を受け入れ結婚、桜を産みます。
それは雁夜にとって、自分の長年の恋心を邪魔されたのと同じでした。
「貪欲」の本質は“自分だけが愛されたい”
作家である有島武郎は
愛の表現は惜しみなく与えるだろう。
しかし、愛の本体は惜しみなく奪うものだ。
と遺しています。
一生片想いでいい、その方が葵さんは幸せだから…
雁夜は自分にそう言い聞かせて身を引くことで、葵に幸せになってもらい、満足するはずでした。
しかし人間の煩悩の一つである「貪欲」の本性は、「自分だけが愛されたい、与えられたい」という心なのです。
いくら理性で頭に言い聞かせても、実は葵を手に入れたい心でいっぱいだったのが、雁夜おじさんの本当の心。
そして先の「愚痴」の心は、そんな欲の心が妨げられたとき、妨げた相手に対して出てくる恐ろしい心です。
自分の長年の想い人を奪い、自身が諦めた夢を奪っていった男、遠坂時臣。
彼は強力な魔術師であり、名家の当主であり、いくら雁夜があがいても叶うことの無い相手でした。
しかし魔術師同士が殺し合いをする「聖杯戦争」でなら、時臣を堂々と殺すことができる。
さらにもし聖杯戦争に勝ち残り、聖杯の力で何もかも自分の思い通りにできるなら…・もしかしたら、葵さんの気持ちだって…
「(これまでの人生で満たせなかった恋の欲望を満たし、それを奪ってきた男を抹消してやりたい)」
とても口にはできない煩悩で、雁夜は寿命を犠牲にしてまで戦っていたのでした。
欲の炎で身を燃やし尽くした雁夜
ついにやってきた聖杯戦争の初戦。
時臣のサーヴァント(使い魔)・アーチャーと対峙した雁夜は、誰もいない地下道で本音を露にします。
「はは、はははは」
闇の中、憎悪に隻眼を血走らせて、間桐雁夜は笑いを漏らした。
待ち望んだ時がきた。
一年間に亘る生き地獄の中、この瞬間だけを夢見て耐えてきた。
遠坂時臣…・・
葵の夫でありながら、桜の父でありながら、あの母子の幸福を踏みにじった男。
間桐雁夜が望んだ全てを手に入れ、その全てを貶めた、憎んでも呪ってもなお足りぬ怨敵。
今こそ積年の恨みを晴らすのだ。
胸に滾る憎悪を刃に変えて、あの男に挑む時がきたーーー
「殺せ……」
憎しみを声に出して発露させるのは、想像を絶する快楽だった。
高じすぎた憎悪は歓喜にも似て甘いのだと、いま雁夜は初めて理解した。
『Fate/Zero2 英霊参集』より
恋で身を焦がすくらいなら、まだ生ぬるい。
恋という欲の炎で我が身を燃やし尽くしたのが、雁夜という青年だったのです。
身を滅ぼすような恋はしたことのない私たちも、日々お金のために命を削って働き、名誉のためにあくせく苦労をして一生はあっという間。
自身の毎日の欲や怒り、ねたみの煩悩に振り回される毎日を振り返ると、雁夜の凄惨な人生を決して笑えないような気もします。
そんな私たちが、煩悩だらけのこの実態のまま、幸せに生きる方法を一生涯説かれたのが、お釈迦さまです。
この後、雁夜には更なる悲劇が降りかかります。
雁夜の辿った結末から、わたしたち人間が幸せに生きるヒントを次回以降も解説していきます。