【刀ミュ感想】「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年の子守唄~ 2019」から知る徳川家康 みほとせが教えてくれる英雄の本当の姿

パリ公演、そして紅白出場と世界的に注目を集めている「ミュージカル『刀剣乱舞』」通称刀ミュ

今月24日に大千秋楽公演のライブビューイングが放映予定の「刀ミュ」最新作が「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年の子守唄~ 2019」です。

2017年にヒットした「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年の子守唄~」の再演となる今作。

筆者はお世話になっている方のご厚意で、初の刀ミュ観劇で「みほとせ再演」を鑑賞させて頂くことができました。

演出が大幅に変更され、多くのファンから「泣ける」「泣いた」と絶賛されたストーリーがさらに深く描かれています。

今回は再演を観劇させて頂く中で気づいた、「みほとせ」が教えてくれる徳川家康の真実をお伝えします。

※本文中のセリフ紹介は「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年の子守唄~」(初演)のBlu-rayから筆者が聞き取った内容をご紹介しています。再演との違いが反映されていない部分がある可能性があります。

ミュージカル『刀剣乱舞』 〜三百年の子守唄2019〜 【Blu-ray】

【ネタバレ注意・あらすじ】徳川三百年の誕生を導く物語「みほとせ」

「破壊された歴史を再生する…ですか?」

天文11年。

後に徳川家康となる竹千代君が生まれたばかりの岡崎城に、歴史を改変しようとする時間遡行軍が襲撃します。

竹千代君を残し、徳川家の前身となる松平家は全滅することに。

時間遡行軍により破壊された歴史を再生するため、刀剣男士たちは服部半蔵をはじめとする徳川四天王に成り代わり、「徳川家康」を育て上げるという重大な使命を背負います。

※「刀ミュ」についての解説や詳細なあらすじは前回記事でご紹介させて頂いています。

【刀ミュ感想】再演大千秋楽のライブビューイングが決定!『三百年の子守唄』の魅力を考察 石切丸の姿から知る「慈悲」の本質

タイトル『三百年の子守唄』の通り、「徳川三百年」の誕生へ竹千代君を導くための「子守唄」が紡がれていく物語。

徳川四天王を含む、家康の生涯を支えた家臣たちが死に絶えた時間軸で「吾兵」という人物が出現します。

戦で家族を殺され天涯孤独になった掛川の百姓・吾兵は徳川家康の嫡男である信康と巡り合い、大きな影響を与えていきました。

吾兵とともに剣術の稽古を受け、非の打ち所がない立派な若武者となった信康の側には側近のように控える吾兵がありました。

しかし吾兵は時間遡行軍が乱入した長篠の戦いで家康を時間遡行軍から庇い戦死。

「戦で家族を失った吾兵が、戦で命を失う!

父上!この戦乱の世に、終わりはあるのでしょうか!!」

信康は共に歩んできた吾兵の死を機に、戦を終わらせるために戦をし続ける父・家康の後を継ぐことはできないと思うように。

親子の縁を切ってほしいと嘆願しますが家康は許さず、本心を露わにします。

「儂が…

儂がどのような気持ちで戦をしているのか

貴様はそんなことも分からんのか!

徳川家康は、本当に腹黒いタヌキだったのか。『みほとせ』が迫るのは覇王の真実

「よーしよーしそうかそうか…

戦は怖いのう…嫌じゃのう…儂も戦は大っ嫌いじゃ」

信康が生まれて間もない頃、家康は家臣に成り代わった刀剣男士たちの前で、赤ん坊の信康に話しかけるようにこう言っています。

徳川に仇なす妖刀と言われる刀剣男士・千子村正は日本史に残る徳川家康像との差に違和感を覚え

「とても海道一の弓取りと言われた人とは思えませんね

育て方を間違えたんじゃありませんか?」

と指摘しますが、徳川家康の守り刀として伝わる脇差の刀剣男士・物吉貞宗

「いえ、家康公は元々、あのようなお人柄でしたよ」

と「タヌキおやじ」「腹黒」といった世間のイメージは誤解だと説明しています。

徳川四天王が全滅し、刀剣男士たちが成り代わって徳川家康を育てた時点で、実際の徳川家康とは少し違う人物に成長した可能性はあります。

しかし筆者は一方で、歴史書に残っている人物像が全てとは限らないと『みほとせ』を見て感じました。

信康の死は諸説ありますが、大作家・司馬遼太郎さんが書かれた『覇王の家』という作品では老臣・酒井忠次と若き信康との間に確執があり、忠次の発言により信康が切腹させられることになったと書かれています。

家康は何とか信康を脱走させようとしますが叶わず、徳川家の滅亡を回避するため、機械のように心を凍らせ信康を切腹させました。

しかし晩年までその苦しみを引き摺っていたと言われ

「この齢になってつらい目をすることよ。

信康が生きていればかようなことを手ずからせずにすんだのに」

司馬遼太郎(2002),覇王の家(上) 新潮文庫

信康の死から20年経った関ヶ原の戦いでこのような言葉を残したとされています。

徳川家康が愛する息子を殺してまで、徳川家を守り、天下取りへ進んでいった理由は何だったのでしょう。

真実は当人に聞いてみなければ分かりませんが、「みほとせ」では覇王・徳川家康の最期を刀剣男士が見守り、その本心を知ることになります。

「儂はなあ、戦が大っ嫌いじゃった…

どうしたら戦から逃れられるのかを、いつも考えていた…

臆病で情けない主で

すまんかったの

戦は全てを奪う、あんなもんはいらん

儂は、祖父を殺され、父を殺された

子供の頃から、いつかは自分も殺されるもんだと思っておった

そんなものは間違っておる

親の腕に抱かれて、子守唄を聞いて、安らかに眠る…

子供にとっての幸せは、そんなことじゃ

儂は、そんな当たり前のことすら許されぬ世を呪った!

この世から戦を無くしてやりたい…そう思った

見てみい!この太平の世を…!

この世から戦を無くしてやったわ…

どうじゃ…参ったか…これが儂の望んだ世じゃ…!

幼少期から戦乱の世で人質という駒として扱われ、激動の時代で生き残る身の振り方を常に迫られていた苦しみの人生。

そんな徳川家康にとって、大切な存在を犠牲にしてでも実現したかった未来が太平の世でした。

子守唄を聞いて育つ子供たちが溢れる、平和な時代。

「三百年の子守唄」は徳川家康が求めていた未来でもあったのです。

徳川家康は不幸の塊?千子村正の言葉から知る、天下人の人生

「つまり、家康公は幸運であると自分に言い聞かせていた訳デスね

不幸の塊のような人生だったのに

江戸時代の誕生と徳川家康の最期を見届けた刀剣男士たちは本丸へ帰還、村正はその目で見た徳川家康の生涯を「不幸の塊」と表現しています。

人質生活の中で死に怯える少年時代を送り、一番愛した我が子を殺さざるを得なかった事実だけを見ても、村正の言葉はたしかに真実です。

史実では我が子に加えて、築山殿という妻も信長の命令を受けて殺しています。

ずっと側にいた刀剣男士・物吉貞宗は竹千代君だった頃の家康に

「辛いことや、悲しいこと、たくさんあります

でも、笑顔を失ってはダメです

笑っている人のところに、幸運は舞い込んでくるんですよ」

と語りかけていますが、実際には逆だったのです。

辛くても悲しくとも自分は幸せだと言い聞かせていた家康の思いが、守り刀であった物吉貞宗という刀剣男士を形作ったのでしょう。

物吉貞宗が寄り添う中、最期に漏らした家康の後悔は、とても三百年という間、天下を平定した王者の言葉とは思えないものでした。

これで…良かったのかのう

ここまで来るのに、血が流れすぎた

本当に…これで良かったんじゃろうか

信康…

すまんのう…

すまんのう信康…

可哀想なことをした…

信康…

すまんのう…

すまんのう…

情けないのう…」

刀剣男士たちは、歴史上謎に包まれた信康切腹事件を、戦死した吾兵の代わりに信康が百姓として生きるように画策。

今際の際の家康に真実を明かし、家康は信康が生きていたことを唯一の灯りとするように死んでいきます。

苦しみを超えた先に掴んだ天下は続いたのか 「三百年の子守唄」に込められた深い意味を考察する

徳川家康といえば「鳴くまで待とうホトトギス」とよく表現される人物です。

しかしその人生は決してただ「待っているだけ」ではありません。

天下を上り詰めた過程は苦しみに満ちた日々で、忍耐を続けた人生の中でただ一つ求めた夢「三百年の子守唄」も永遠には続きませんでした。

三百年も経たない内に幕末の動乱が始まり、徳川家康が守ろうとした日の本の太平はより凄惨な戦争という形で壊されることになります。

戦乱の世で好機をひたすら待ち続けて実現した天下統一は、仮初めでしかなかったのです。

先程ご紹介した徳川家康の生涯を書いた名作『覇王の家』には徳川家康の人生観がこのように書かれています。

人の一生は重き荷物を背負って坂道をのぼるようなものだ

司馬遼太郎(2002),覇王の家(上) 新潮文庫

またその生涯についても

人間が世を送るのに、多少の不幸が生起するのは人生の生理のようなものだが、家康ほどつらい目に遭うことの多かった男も、めずらしい

司馬遼太郎(2002),覇王の家(上) 新潮文庫

とまさに「不幸の塊」という村正の言葉通り、非常に過酷な生涯だったと書かれています。

三河の武将から天下統一を果たした覇王の人生は、重たい荷物を背負って坂道をのぼるような苦しい苦しい旅でした。

坂道を上り詰めた先にあったはずの幸福は、愛する我が子をはじめ多くの人を殺めてきた消えることのない苦しみ。

戦国時代の覇者として栄光を掴んだ天下人も、その実体は幸せを求めて日々必死に生きる私たちと変わらない姿だったということを『みほとせ』は教えてくれるように思います。

貧困や病気、人間関係など、人生の不安を抱えながら、毎日を生きる私たちも重き荷物を背負って坂道をのぼるような人生です。

そんな坂道の果てに何を求めたら幸せになれるのか

振り返ってみることが幸せの第一歩だと、仏教哲学では教えられています。

『みほとせ』で描かれた徳川家康の人生は、私たちが生きていく上で大切な心がけを教えてくれているのかもしれません。

 

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    獄上(ごくじょう)

    中学生でBL萌えに目覚めてしまい、腐女子になってはや15年近くの、筋金入りの「腐った」OLです。 三国志大戦が大好きで、大戦歴も気付けば10年以上に… 現在は『刀剣乱舞』にも夢中。 へし切長谷部と日本号、歌仙兼定や大倶利伽羅を中心に色んな組み合わせに萌えたり「活撃 刀剣乱舞」や「刀ステ」沼、「刀ミュ」沼の底で充実した沼生活(?)を送っております。 先月コスプレイヤーになりました。コスプレも沼が深くて楽しいですね! ★沼全開のTwitterはこちらです→@gokuzyo