東京ガールズコレクションやサンリオ、すき家など、アニメコンテンツの枠を大きく超えたコンテンツとのコラボで、まだまだ話題引っ張りだこな「おそ松さん」。
このシリーズでは、そんな「おそ松さん」の六つ子たちの言動を通して私たちが学べることを探っています。
今回のテーマは第21話「神松(かみまつ)」です。
ある日、突如現れた7人目の弟である「神松」によって地獄をみることになったおそ松たち。
今回からはこの話のラストに出てきた「悪松」の正体を仏教の視点から考察。
私たち人間の本当の姿について解説していきます。
「善の心」のカタマリ、神松によって六つ子たちは地獄に…
ある日いつものように銭湯に行った六つ子に、しれっと混じっていたおそ松たちによく似た男。
謎の男は自身が六つ子から生まれた七番目の兄弟「神松」だと名乗ります。
神松はね、皆(おそ松たち)が日々、人としての良い部分を零れ落としていく度に、その人としての良い部分が少しずつ溜まって出来た、まるで神のごとく清き松。
完璧中の完璧、理想中の理想。
それが僕、『神松』。
神松は「おそ松たちの善の心が集まってできた」という本人の供述通り、毎日良いことをします。
そして立派に就職をし、家にお金を入れ始め、両親からの愛を一身に受けるようになった神松。
六つ子たちは反対に、母親から「クソ虫たち」蔑まれるようになってしまいます。
両親は6人の息子たちが全員クズニートであるという家庭状況の異常さに気づいてしまったのです。
ニート生活を続けるためなら神松殺害もためらわない!
六つ子たちは神松を見習って改心・・・するのかと思いきや、このままでは自分たちの立場が無くなると思い、自分たちがニート生活を続けるため神松を殺害しようとします。
しかし神松は殺人を企てる六つ子たちが更にこぼれ落とした「人としての良い部分」を吸収、さらにパワーアップ。六つ子たちは全く敵いません。
さらにそこへ六つ子たちの片想い相手、トト子ちゃんが現れ・・・
トト子ちゃん「神松く~ん!早くデート行こ~!」
六つ子「ぐあああああああああ!!!」
おそ松「トト子ちゃんまで~~~!!!!」
神松「トト子ちゃん、そういうのはまだ早いって」
六つ子「ぐあああああああああ!!!」
おそ松「や、やべえ・・・あんな奴に・・・どうやって勝てっていうんだ・・・!!!」
童貞卒業したくてたまらない六つ子にとって、神松に長年の片想い相手トト子ちゃんを奪われたのは壮絶なショックと苦しみでした。
周囲に親切をし、まっとうに働く親孝行な神松が現れたことにより、この世の地獄をみることになった六つ子。
改心する気の全く無い六つ子が、神松を亡き者にしようとすればするほど、自分たちからこぼれ落ちた「人としての良い部分」を吸収した神松はどんどん強くなります。
もはや神松に敵う手段は無し!かと思いきや、このストーリーは意外な結末を迎えます。
「悪松」により惨殺された神松
曇天模様の不吉な空、何かに怯える神松…
次の瞬間、神松は何者かに潰され、グシャリと血飛沫をあげて死んでしまいました。
神松を殺したのは「悪松」。
ハッ!!他愛ない!!人としての良い部分?
いやいや、我々の人としてのクソな部分を舐めてもらっちゃあ困る!
なあ兄弟、己のクソさにもっと自信を持て!
そしてまたいつでもこの『悪松』を呼び出すがいい!!
人間の身長の何十倍もありそうな巨大でどす黒い大きな怪物は、神松を瞬殺。
自らを六つ子たちの「人としてクソな部分」の権化・悪松と名乗ります。
悪松が見下ろす地上には、トト子ちゃんや六つ子の両親が恐怖で震え、おそ松たち六つ子が、白目を剥いて痙攣しながら倒れていました。
そして悪松はおぞましい笑い声をあげながら6つに分裂、白目を剥いて倒れる六つ子たちの中に帰っていったのです。
「悪松とは何者か?」いろんな考察が飛び交った神松回
「悪松」は人気声優、杉田智和さんが声を担当されていることでも話題を呼んだのですが、そもそも何者なのか?という点でファンの意見交換が盛り上がりました。
神松が6つ子が落とした善の心だとすると、悪松は何から生まれたんだろう
落とした悪の心とは思いがたいんだよな(もずく君@家宝西4n37a@colorpineさんのTwitterより)
神松がパワーアップしても六つ子の人間性が変わってなさそうなのに、悪松が出てる間六つ子が動けなくなってるの、彼らの中身は全部悪なのかな……
(やど@家宝西4n32b@810cariさんのTwitterより)
このようなファンの考察にあるように
「あんな恐ろしく強そうな悪松を宿している六つ子たちは悪の心しかないのでは?」「親切で親孝行な神松をためらいなく殺そうとするなんて、こいつら悪魔か?」
と思った視聴者は多く、彼らを「松野クソブラザーズ」と呼ぶファンも多くいました。
クライマックスで悪松が呼び出されたとき、六つ子たちはまるで抜け殻のように倒れており、悪松が戻った途端意識を取り戻しています。
さらに神松が人間サイズなのに対し、悪松は全長3メートル以上はありそう。
「人としての良い部分」を一瞬で潰すほどの強大な悪松は六つ子たちの何だったのか。
実は仏教の視点からみていくと、この悪松の正体が分かってきます。
仏教で一番重んじられる“意業”
仏教では、私たち人間の行為に三種類あると教えられ、総称して「三業(さんごう)」といわれます。
身・口・意の三つで起こす「業」(ごう)のこと(仏教用語)
三業の1つ目は「身業(しんごう)」。
身業は身体で行う行為です。
おそ松たちでいうなら、パチンコに行ったり、チビ太の屋台でおでんを食べたりといった行為がこれに当たります。
そして「口業(くごう)」。
これは口で行う行為で、この話なら神松の殺害計画を打ち合わせしていた、六つ子たちの会話は口業です。
最後が「意業(いごう)」。
意業とは心で何かを思うことです。
16話「一松事変」では、一松がカラ松の服を着ていたことを誤魔化すために、必死で色々考えている内容が心の中の声として描かれていました。
これは一松が心で思っている「意業」の一部を表現しています。
対して、この21話「神松」では心の中の描写がほとんどありません。
心の中で思ったことをすべて六つ子が実行しているからです。
おそ松たちは、神松にプレゼントを貰った最初の方は手放しにその親切を喜び、自分たちの立場が危うくなれば、手のひら返すように神松を殺そうとしています。
心で思った意業をそのまま口業や身業に表わしているのが、この話の六つ子なのです。
神松みたいな弟がいたら、どんな「意業」をつくるか
もし「神松」のような高スペックでルックスも良くて周囲に親切をもし、親孝行なパーフェクトブラザーができたら、どんな気持ちが起こってくるでしょう?
口ではほめたり見習いたいと言っていても、素直に「よくできた、スゴイ弟だ!俺も見習おう」と思える人はなかなかいないのではないでしょうか。
法律上では、口に出したり身体で何かをしなければ、心で思っていることで罰せられることはありません。
しかし六つ子たちが神松への殺意から大鎌やガトリングガンを持ちだしたように、心で思っていないことはやらないのが人間。
私たちがやることなすことは、全て心が命令していることなのです。
心は私たちの行動の全てを司るものなので、心の行いをよくよく見つめていきましょう、と仏教では教えられています。
この神松の話で、六つ子は心の中で思っていることを100% 口と身体で表現し、視聴者から「松野クソブラザーズ」「悪魔」と評されました。
しかし私たちも心の中で、近いことを思ったことはないでしょうか?
自分に近ければ近いほど、優秀な人が現れれば面白くないのが私たち。心の中で六つ子のように大鎌を振りかざしたことは多々あるでしょう。
仏教で最も大事と教えられる、心の行い。
この心を深く見つめていくと、決して六つ子を笑えないのが私たち人間だと分かってきます。
そしてこの心に悪松の正体を読み解くカギが隠れているのです。
後編に続きます。