【宝石の国・考察】かわいいダイヤモンドの心を苦しめ続けるボルツへの思い。表裏一体の愛と憎しみの背後にあるものとは

宝石の国』は市川春子先生による大ヒット漫画。

昨年アニメ化され非常に高い評価を獲得し、Blu-rayなどの映像商品も売上が好調です。

動画配信サービス「dアニメストア」による企画「2017年に1番○○だったアニメ」では、6部門中「オススメしたいアニメ部門」「展開が気になったアニメ部門」「世界観が良かったアニメ部門」の3部門で1位にランクインしています。

※最新巻の内容に関するネタバレがあります。未読の方はご注意ください。

【あらすじ】かわいいダイヤを苦しめるのはボルツへの複雑な愛

宝石の国で活躍するのは、地上に繁栄していた人間が滅んだずっと先の未来に生きる人型の宝石たち。

宝石たちの体を構成する石の中にはインクルージョンと呼ばれる微小生物がおり、砕け散ってもある程度集まれば傷口を繋ぎ再生することができます。

寿命で死ぬことのない宝石たちですが、唯一の天敵が「月人」でした。

月人は月からやって来る正体不明の狩人たち。

宝石たちを弓矢などで襲いバラバラに砕いて月へ持って帰ってしまうため、宝石たちはそれぞれ得意とする分野を補い合いながら月人に対抗していました。

主人公・フォスフォフィライトはそんな宝石たちの中で、戦闘力の指標となる硬度が三半と非常に脆く、不器用故に戦闘以外の仕事もない状態。

そんな皆に役立たず扱いされるフォスにもいつも優しい、かわいい宝石がダイヤモンドです。

フォスはあることで非常に悩んでいたのですが、そのとき相談に乗ってくれたのもダイヤモンドでした。

ダイヤ「すっごく変わってみるのはどう?

フォス「変わりたいとは 常々思っております

でもそうそう無理だからお手軽な方法訊いてんじゃんかよ!

やっぱなー上から上からだわー

もう全然話になんない ダメだ」

ダイヤ「うん、ダメなの ごめんね

ほら今もフォスを怒らせちゃったし、ね、ダメな所たくさんあるの」

私たちがよく知る宝石のダイヤモンドといえば非常に高い硬度で知られています。

硬度は宝石たちにとっては月人と戦う際の戦闘能力でもあり、ダイヤモンドは硬度が最強の十でした。

最強の硬度でありながら、役立たず扱いされている主人公のフォスにも謙虚で優しいダイヤモンド。

そんな完璧にみえるダイヤですが、ある存在により深く苦しんでいました。

それは二十八人の宝石たちの中で、金剛先生に次ぐ最強の戦士・ボルツです。

ダイヤとフォスのピンチに颯爽と現れ、二人を助けたボルツの背中を見ながらダイヤはこう言います。

「すごいでしょ?

いつも こうなの

最近ますます強くて僕なんか 戦わせてもらえないの」

ボルツはダイヤの弟でもあり、硬度が十。さらにダイヤはタフさを示す靭性が二級という弱点がありましたが、ボルツはその靭性も特級でした。

「強くなければダイヤモンドではない

だからボルツだけが本物のダイヤモンドよ

そう

だから

でも たまに ほんの一瞬

ボルツさえいなければ

なんてね

思っちゃうの

とても愛してるのに ダメね

ダイヤが苦しんでいたのは、誰よりも愛している兄弟への醜い嫉妬の心。

『宝石の国』原作者の市川春子先生も高校時代学ばれたという仏教では、ダイヤのこの苦しみを愚痴」という煩悩と教えられます。

「愚痴」というと現代人は不平不満を言うことという意味で使っていますが、元々は妬みやそねみの煩悩のことです。

煩悩は仏教用語の中でも特によく知られた言葉で、煩わせ悩ませるという字の通り、私たち人間は煩悩によって苦しんでいると説かれます。

人間の遠い遠い子孫であるダイヤも同じ。

大切な弟であるはずのボルツに対して吹き上がる、醜い愚痴の心に苦しんでいたのでした。

フォスに訪れた転機はダイヤモンドのボルツへの複雑な思いをさらに加速させる

ある時、海で月人に襲われた主人公のフォスは両足を失いますが、代わりに接続したアゲートにより俊足になり、念願の戦争に参加できるように。

しかし初陣では何もできずに撤退、悔しさからいつも冬眠している冬の期間をアンタークチサイトという冬のみ活動できる宝石と一緒に仕事をすることになりました。

アンタークの勇敢さと優しさに心動かされたフォスは過酷な冬の仕事に自ら取り組むようになります。

しかしその仕事中に両腕を失い、宝石たちが生まれる場所で見つけた合金を接続したところ腕は変幻自在な武器へと変貌。

そしてその場に出現した月人により、アンタークはバラバラに解体され連れ去られてしまいました。

アンタークが自分の身代わりになったことに強いショックを受けたフォスは、一冬で別人のように豹変します。

外見は憧れのアンタークに似せ、鋭い目つきの怜悧な雰囲気になり、最前線で月人と張り合う強力な戦士に変わっていきました。

「すごい……あれがフォス?」

フォスの変化に驚くダイヤの傍でボルツはフォスを睨みつけていました。 その理由は戦闘後に明らかになります。

ボルツ「フォスフォフィライト     僕と組め

フォス「はい?」

最強のダイヤ組としてダイヤモンドと組んでいたボルツは、強くなったフォスに自分とと組めと言ってきたのです。

ボルツ「僕と組め

集中!

器を切った後 アンタークの破片が入ってなくて落胆したな?」

フォス「うっ」

ボルツ「あのやり方ではいつか撃ち抜かれるぞ

僕と組めばその欠点をカバーし

新しくより効率的な戦闘にできる

強くなったフォスの力を最大限活かせるのは自分の戦闘スキルだと確信したボルツはフォスにペアになるよう要請しますが、フォスは気がかりなことがありました。

それはボルツとペアを外されることになる、ダイヤモンドの感情です。

「という訳でボルツと組もうかなあ」

ダイヤの苦悩を知っているフォスは悩みますが、勇気を出してその夜、ボルツと組みたいとダイヤに言いに行きます。

ダイヤはフォスの言葉を聞いた瞬間固まり、その後フラフラとベッドに倒れ込むように入ってしまいました。

予想以上のダイヤのショック状態にうろたえたフォスは無かったことにしようと思い直しますが…

フォス「なーんちゃって では」

ダイヤモンド「ボルツをよろしくね

そうよね

あなたの今の輝きを

あのこが見逃すわけない

それにフォスに変わってみろと言ったのは僕なのだから

仕方ないわ

ちょっと変わってる弟だけど おねがいね」

フォス「……うん あいつヘンだもん

どうせうまくいかないよ」

ダイヤモンド「コラ!弟の悪口言わないでよ!そこに座りなさい!

フォス「え えーーー!」

ダイヤは決してボルツが嫌いなのではなく、むしろ奇特な性格の弟を誰よりも愛しているのです。

「大丈夫

ボルツは決して間違わない

あのこの判断はいつも正しくて

ほんと いやになるわ

言いながら満面の笑みを浮かべるダイヤの姿からは、愛と憎しみが混じり合った複雑な思いが知らされます。

ボルツとフォスがペアとなっての初陣の日。

フォスはボルツの意外な部分を知ることになります。

ボルツ「おまえの危うさは

放たれた矢にしか反応しないことだ

弦の音がしてからでは遅い

月人全体を塊として意識し 矢を取る予備動作から発射までの一連を波のように捉えろ

それが掴めれば金の膜を厚く集中すべき瞬間をある程度予測でき

体力の消耗を抑えられるだろう」

フォス「ずいぶん 僕のこと 考えてくれたんだな

ボルツ「……おまえはそう捉えるか

ダイヤには嫌がられた趣味だ

ボルツもまた、決してダイヤを無能扱いしたい訳ではないのです。

ダイヤの、強くなりたいのにボルツと一緒にいるとボルツに比べて弱い部分が見せつけられてしまうことへの愚痴の心。

ダイヤより強く、その強さでダイヤを守りたいボルツの心。

分かり合えない二人の思いは届かないまま交錯していたのでした。

ぬいぐるみにもなった「しろ」との戦いでのダイヤのセリフから分かる、表裏一体の愛と憎しみ ※ネタバレ注意

その日ボルツとフォスの前に現れた月人は見たことのない異形の新種で、ボルツでも手に負えず最強の金剛先生がいる学校へ誘導する苦肉の策をとることになります。

しかし校内にはボルツとのペアを外され一人になったダイヤがおり、ダイヤはたった一人でその異形の月人「しろ」と戦うことに。

満身創痍で「しろ」にダメージを負わせたダイヤの元に誰よりも早く助けに来たのはボルツでした。

ボルツ「兄ちゃん!」

ダイヤ「『無駄が多い』でしょ?

別れてよかった

遠くにいるボルツは大事に見える

ボルツ「僕もだ」

愛と憎しみは表裏一体。 「愚痴」の煩悩は近しい存在の相手ほど強くなります

最愛の弟相手に醜い妬みなど抱きたくない。

なのにボルツは自分より強く、その強さで自分を守るため戦わせようとしない。

「遠くにいるボルツは大事に見える」

というダイヤモンドの言葉は、愛する一番近い人だからこそ強くなる妬み、憎しみの実態を教えてくれます。

昨年刊行された宝石の国最新巻の8巻では、百二年後の世界が舞台です。

百二年後の世界では、月人に攫われた後に月から唯一帰ってきたある者がおり、ダイヤはその者に非常に意味深なセリフを言います。

「ボルツのいない場所に行きたい。

色々試したけど変われなかった

なーんてね

物語の序盤「すっごく変わってみるのはどう?」とフォスに言ったダイヤは、百年経っても消えない「愚痴」の心に苦しみ続けていました。

ダイヤが戦った異形の月人「しろ」は、斬られるとかわいい仔犬型になるという性質があります。

先日ぬいぐるみ化もされていましたが(とてもかわいいです!)作中に出てきた「しろ」の数は108体。

108といえば、煩悩の数と同じです。

煩悩は死ぬまで108より減ることもなければ、消えることもないと仏教では教えられます。

百年経っても変わらないダイヤの苦しみは、煩悩あるが故のものなのではないでしょうか。

『宝石の国』はそんな煩悩の実態を魅力的な宝石たちを通して私たちに教えてくれる、人生哲学の入門書といえるかもしれません。