この記事はこんな方におすすめ
- アニメ化をきっかけに「ヒプマイ」の魅力について知りたい
- ヒプマイARBに追加参戦するナゴヤ・ディビジョンのキャラクターが知りたい
「ヒプノシスマイク」通称「ヒプマイ」は、2017年に始動した男性声優18人(2020年2月現在)による音楽原作キャラクターラッププロジェクト。
EVIL LINE RECORDSにより世に送り出されてから3年、「ヒプマイ」は幅広い層にラップやヒップホップの魅力を届ける、一大コンテンツとなりました。
強い人気を受け、コミカライズ化、舞台化、そして今年はアプリゲーム版のリリース。
9月26日からはなんとオリジナルレギュラー番組「ヒプノシスマイク ~Division Variety Battle@ABEMA~」が放送開始しています。
さらに10月2日からはアニメ化作品「『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rhyme Anima」がスタート。
間違いなくこの秋注目のコンテンツといえる「ヒプノシスマイク」。
その醍醐味はなんと言っても楽曲と、楽曲に深みを持たせるドラマパートの深い物語です。
このコラムではアニメやゲームがきっかけでヒプマイを知った方にも知って頂きたい、楽曲やドラマパートの深い魅力をお伝えしていきます。
前回コラムではヒプマイのキャラクター夢野幻太郎の新曲「蕚」とドラマパート「マリオネットの孤独と涙と希望と」が教えてくれる、大切な人生観をご紹介しました。
※前回コラムはこちら(ヒプノシスマイクの世界観などはこちらのコラムでご紹介しています)
今回は今年リリースされた「麻天狼-Before The 2nd D.R.B-」のドラマパートをご紹介。
このドラマパート「過去からのchaser」では神宮寺寂雷(じんぐうじ じゃくらい)と天国獄(あまぐにひとや)の因縁が描かれ、話題を呼びました。
明らかになった寂雷と獄の因縁が教えてくれたのは、私たち人間が逃れることのできない人間の性(さが)。
今回はヒプマイの物語が描く、人間の深い本質について、アニメ化を前に改めてその魅力を振り返ってみたいと思います。
天国 獄(あまぐに ひとや)ってどんな人物?我慢ならない「嫌いなもの」が多いだけじゃない、その深い魅力
天国獄はナゴヤ・ディビジョンの三番手。
(ヒプノシスマイクに登場する各ディビジョンのメンバーは3人組で、リーダーが一番手、その後歌い順に二番手、三番手と呼ばれています)
ヒプマイ名物の一発で読めない名前ですね。
「てんごく ごく」ではなく「あまぐに ひとや」と読みます。
弁護士。自身が運営する弁護士事務所では、金次第でどんな案件でも請け負う。
過去に兄を亡くす原因となったいじめ問題を心底憎んでいて、通常の弁護士費用は高いが、いじめ被害者からの依頼に関してはタダでも引き受ける。
辛辣な口調とは裏腹に、面倒見が良い。シンジュク・ディビジョンの神宮寺寂雷とは中学校以来の幼馴染。
獄は「Rhyme Anima」ではおそらく登場しませんが、ゲーム版「ヒプノシスマイク -Alternative Rap Battle-」で10月7日に実装。
展開によっては今後アニメの2期にも登場する可能性も高く、アニメをきっかけに「ヒプマイ」が気になっている方にも是非知って頂きたい、筆者イチオシのキャラクターです。
天国獄は神宮寺寂雷と同じ35歳。
医師である寂雷と同じく、人から一目置かれる専門職・弁護士で「無敗の弁護士」という異名まで持っています。
「俺には我慢ならないモンが2つある。
1つ、不味いコーヒー。2つ、負けるって事だ。
だから俺の部屋には常に上等なコーヒーマシーンと豆がある。
そんでもって『無敗の弁護士』って名前が俺には付いてんだよ」
「俺には我慢ならないモンが2つある。1つ、『●●』。2つ、『●●』て事だ。」というのは、獄の口癖。
最初ナゴヤ・ディビジョンのデビュー作「Bad Ass Temple Funky Sounds」のドラマパート『不退転の心は撃ち砕けない』を聴いた時、このセリフの直後に
「俺には我慢ならないモンが2つある。
1つ、サラダの中に入ってるフルーツ。
2つ、話を聞かねえ奴だ。」
と獄が言っているのを聞いて
「あれ?我慢ならないモン2つで収まってないやん」
とツッコミたくなってしまったのを覚えています(笑)
こだわりの強さが口癖からにじみ出ている獄ですが、正義感の強い人物でもあります。
いじめ加害者に制裁を加えた波羅夷空却の立場を守るため無償で動いたり、酷いいじめにあっていた四十物十四を助け、その後も成長を見守り続ける姿には、面倒見の良い獄の人柄がにじみ出ています。
勝利にこだわるプライドの高そうな弁護士という一面だけでなく、人情家でもある獄のキャラクターは、多くのファンを虜にしています。(筆者も獄代表の魅力にオチた一人です)
シンジュク・ディビジョンのリーダー神宮寺寂雷 天才医師が持つ過去は「殺し屋」
神宮寺寂雷はシンジュク・ディビジョンのリーダーで、天才医師。
ガイドブックのリリースに合わせて更新されたキャラクター紹介によると、平々凡々とした人生からは程遠い経歴の持ち主です。
元【The Dirty Dawg】メンバー。
天才医師。対テロリストの殺し屋を請け負っていた過去があり、命の贖罪を求め、医師に転身した。
世界中の紛争地を転々とするが、現在は【シンジュク中央病院】に籍を置いている。酒癖が悪く、飲むと江戸っ子口調で暴れだす。
シブヤ・ディビジョンの飴村乱数とは犬猿の仲。
195cmという長身痩躯、完璧に整った端正な顔立ち、足元まである長く美しい髪という、かなり特徴的な容姿を持っている寂雷ですが
人生の唯一の意義は、人のために生きることである
という座右の銘にも現れているように、常に穏やかで冷静沈着、他人の苦しみに心から寄り添い、他者を幸せにすることを自分の喜びとする、慈悲深い人物です。
しかし一滴でも酒を飲むと別人のような性格になり、「二面性」のある街シンジュク・ディビジョンのリーダーとしての個性も持つ、知れば知るほど深みにはまっていく魅力があります。
実は寂雷は対テロリストの殺し屋という過去を持ち、コミカライズ版「ヒプノシスマイク-Before The Battle-The Dirty Dawg」ではウェイブという特殊な技を持っていることが明らかに。
紛争地で負傷者を手当する病院に乗り込んできた反乱軍の屈強な軍人たちを、寂雷が素手で殲滅する姿が描かれています。
さらに「過去からのchaser」前半では、ヒプマイ世界の核となる人物・東方天乙統女が寂雷に接触。
寂雷が持つヒプノシスアビリティという特殊能力が、今後の展開の鍵を握ることが明かされます。
苦しむ人々を救いたいという願いを持ち、様々な卓越した能力を持ちながら、苦渋の選択を迫られ悩む人格者の前に現れたのが「過去からのchaser」天国 獄でした。
天国獄が弁護士になった理由は兄弟の死だけではない?医者を諦めた理由が明らかに…
「久しぶりだね、獄」
中学校以来の幼馴染である寂雷先生と獄の関係。
ヒプマイで「幼馴染」といえばまず思い起こされるのは、伊弉冉 一二三と観音坂 独歩。
「おさなな」の愛称で親しまれる一二三と独歩の関係性ですが、寂雷と獄の「幼馴染」としての関係性は全く異なるものでした。
獄「ここまであっという間だった」
寂雷「色々ありすぎたが、過ぎてみればたしかにあっという間だったな」
獄「中学の時からの付き合いだが、こんなに会わなかったのは初めてだな」
一緒に暮らしている一二三と独歩とは違い、それぞれの人生を歩んできた幼馴染の寂雷と獄。
「天才医師」と「無敗の弁護士」という、輝かしい社会的地位と評価を得てきた二人ですが、獄の口から出たのは、世間からのイメージとは全く異なる雰囲気を感じる言葉でした。
「俺は平凡に仕事をこなしてきただけだが、お前は違ってたみたいだな。
The Dirty Dawg……
麻天狼……
今の世界になってお前は医者とは違う場所でも
活躍するようになった」
獄はいじめ問題で兄を亡くしたことが動機で法学部に進んだのかと筆者は思っていたのですが、実は学生の頃は医者を目指していたことが明らかになります。
寂雷「獄、噂では弁護士になったと聞いたが、医者の道は諦めたんだな」
獄「医者になったら、一生お前には勝てない気がしたからな」
「医者になったら、一生お前には勝てない」という獄の短い一言には、幼馴染に対する積年の複雑な思いがにじみ出ています。
医者という職業を選べば、同じ医者として寂雷と比べられ、自分の方が劣っているという事実を目の当たりにすることになる。
「俺には我慢ならないモンが2つある。1つ、不味いコーヒー。2つ、負けるって事だ。」
と言う獄にとって、きっとそれは耐えられない「敗北」だったのでしょう。
H暦での弁護士試験がどういう仕組みになっているかは不明ですが、医学部生が弁護士に転向するのは一日二日で出来ることではないのは想像がつきます。
寂雷に「負ける」くらいなら、人生の進路を大幅に変えることも厭わない。
獄が寂雷に対して抱いていたのは「ライバルへの対抗心」という一言では言い表せないほどの、強い執着ともいえる複雑な思いだったのです。
「そんなことは無いだろう。
君が私に劣っているなんて、一度も思ったことがない」
一方で慈悲深い人格者である寂雷は、諍いや争いを好まず(泥酔時は除く)幼馴染の獄のことも、良き友として認めていました。
しかし相手がたとえ本心から自分を称賛してくれていたとしても、獄の寂雷に対する屈折した思いは吹き上がるばかり。
「お前のことだ。本当にそうなんだろう……
俺はガキの頃から、一度たりともお前に勝ったことがない。
勉強も…スポーツも…ゲームも…みじめだった
俺はお前を超えようと必死に……それこそ血反吐を吐くような努力をした……
だが……お前は涼しい顔で……
いつも俺の一歩先をいく」
どれだけ弁護士として成功しても消えることのない「愚痴」の心。「無敗の弁護士」が囚われている根深い人間の本質
本心から自分を讃えてくれる寂雷の言葉を頭では分かっていても、獄の感情はおさまる気配がありません。
獄「……俺はお前に……何一つ勝てなかった」
寂雷「その話はもう止めよう」
獄「俺には我慢ならないものが2つある
1つ、クラシックを流すバー
2つ、お前に見下されることだ!」
弁護士として成功し、他人から見れば社会的地位に恵まれていた獄。
しかしその胸の内を占めていたのは寂雷に対する、積年の対抗心だったのです。
寂雷「獄、私は君を見下してなんかいない」
獄「俺の主観では見下されてるんだよ!」
寂雷は本心から自分を見下していないどころか、自分を友として賞賛し認めてくれている。
「俺の主観では」という言葉からも分かるように、獄は頭では寂雷の心を分かっているのです。
理屈では抑え込めない、幼馴染への妬みの感情が獄の目をくらませていました。
妬みの心を仏教では「愚痴」(ぐち)といい、人間が持つ煩悩の一つであると教えられます。
よく「愚痴を聞いてほしい」といった不平不満という意味で使う「愚痴」という言葉ですが、本来は仏教用語で、妬みや嫉みの心を愚痴といいます。
仏教でいう「愚痴」の意味は、こちらのコラムで解説されていますので詳しく知りたい方は是非読んでみてください。
紹介したコラムには色々な「愚痴」の例が紹介されていますが、勝ちに拘る性格の獄だけに「愚痴」の心がある訳ではありません。
仏教では「愚痴」は煩悩の一つと教えられ、どんな人間にも108の煩悩があると教えられています。
愚痴の心から寂雷を一方的に敵視した人間もまた、獄だけではありませんでした。
コミカライズ版である「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- side F.P & M 」では完甘(ししかい)という医師が登場。
完甘は寂雷が結成したチーム「麻天狼」のメンバーである観音坂独歩の得意先である、リョウゴク総合病院に勤務していました。
その立場を利用し、ディビジョン・バトルの予選決勝を控えた独歩に急な仕事を増やし、寂雷を間接的に妨害します。
「神宮寺先生と完甘先生は、お若いのに腕は随一ですな」
「いや完甘先生もすごいが神宮寺先生は格が違いますよ……」
「天才とはあの人のことでしょうね……」
完甘の耳に入ってくるのは、寂雷と自身を比較して寂雷を賞賛する同僚たちの言葉でした。
寂雷への妬みを募らせた完甘は医師として許されない行為に手を出し、寂雷に濡れ衣を着せようとするも失敗。
病院を去ることになります。
自業自得で転院することになったにも関わらず、完甘は寂雷のチームメイトにまで目をつけ、再び寂雷の足を引っ張ろうとしたのでした。
企みを見抜いた寂雷は完甘と対峙。
ヒプノシスマイクで武力行使してきた完甘を返り討ちにした寂雷は、こんな言葉を残してその場を去ります。
「……私の攻撃に耐え、自力で立ち上がる力量……
医者としても……貴方は腕はいいんです。だからどうかそれを患者の為に使ってください」
寂雷が認めるほど、医師としても、この世界では必須能力であるラップスキルにおいても、完甘は非常に高い能力を持っていました。
そんな頭脳明晰なはずの完甘を狂わせたのは、一重に自分より有能な同僚への強い嫉妬心でした。
敗北した完甘は本音を吐きます。
「あぁそーだよ、俺が全部仕組んだんだよ
気にくわねぇーお前への嫌がらせでな!
またこの角度か……俺はお前のその見下ろしてくる視線が大嫌いだった……
ちくしょう…俺はどうやってもお前には勝てねぇのか……」
敗北した完甘が残した言葉は「俺はどうやってもお前には勝てねぇのか」。
筆者は「過去からのchaser」での獄を見たとき、この完甘の言葉を思い出しました。
職場で毎日顔を合わせる同僚としての関係。
思春期という貴重な人生の時間をともに過ごした、他の友人の誰よりも近い間柄の「幼馴染」。
さらに獄も完甘も35歳の男性であり、同世代の同性です。
人間の「愚痴」という煩悩は、自分に近い存在であればあるほど強くなると言われます。
人類の平和を心から願う寂雷のもとに妬みや嫉みの感情を抱えた「男」たちによる因縁による禍(わざわい)が絶えないのは、私たち人間が死ぬまで離れることのできない煩悩の実体といえるでしょう。
波羅夷空却はその心を「鏡」と表現する。仏教という鏡が写すのは私たち人間のありのままの姿
このドラマパートを聞いた翌月、筆者は獄が苦しむ愚痴の心を強く痛感することがありました。
仕事が速く正確で、一を聞いて十を知る理解力を兼ね備えながら、能力の高さを奢らず誰よりも努力する後輩さんが異動してきたのです。
自分の仕事力や向上心の強さに自信が無かった私は
「自分が仕事できないことが分かると、先輩として信用されなくなるんじゃないか」
と勝手に不安になり、必要以上に自分が失敗することに怯えていた時期がありました。
「あの後輩さんは若いのに凄い、なのに私は年ばかり取って役に立たない先輩だなあ」
というような、自分より優れた他人を羨ましく思い、卑屈に思う心も煩悩である「愚痴」。
「愚痴」は妬み、そねみ、恨みの心をいいますが、その中でもこういう卑屈になったり自己肯定感を下げる心は「そねみ」と言われる心です。
そんな「そねみ」の心で自己肯定感を下げていたある夜、完璧な幼馴染への対抗心に20年も苦しみ続けている大好きな推し・獄さんの姿が頭によぎったのです。
その日から優秀な後輩さんを見て自信を失うのではなく、素直に敬意を示し、逆に後輩さんが日々心がけていることや仕事のやり方を教えてもらい自分も少しずつ仕事力を向上させられるようになりました。
「過去からのchaser」で獄が寂雷にラップバトルを仕掛けているとき、麻天狼のメンバーである観音坂独歩と伊弉冉 一二三のところにBad Ass Templeのメンバーである波羅夷空却・四十物十四が同じくバトルを仕掛けに来ていました。
波羅夷空劫「周りの連中が突っかかって来るもんでよぉ、なあ十四?」
四十物十四「空劫さんが喧嘩腰なのが悪いんじゃないスかあ!」
空劫「ははは、拙僧は全然そんなつもりは無かったけどなあ
『他者は自分を写す鏡なり』
拙僧のことがそう見えていたのなら、自分が喧嘩を売っていたってことさ」
この時、空劫は『他者は自分を写す鏡なり』と言っていますが、仏教は「他者」以上に、自分の姿をありのままに写す鏡のような教えです。
完璧超人に見える寂雷先生にも、煩悩は108あり、それ故に欠点もある訳で、敵もいます。
平和を望むも叶わぬ寂雷もまた、苦しんでいる一人の人でした。
獄はそんな人間らしい寂雷の苦しみと迷いに気づいたかのように、自分から仕掛けたバトルを終わらせます。
獄「……終わりだ」
寂雷「……!…待て……!
どういうことだ!」
獄「今のお前は、倒すに値しねえ」
「愚痴」の煩悩で苦しんでいる、自分のありのままの姿を見つめることは、人生をより良い方向にしていくための第一歩だと仏教では教えられます。
ドラマパート『不退転の心は撃ち砕けない』では、泣き虫が治らない四十物十四に対し
「まずは自分で自分の状況を認めないと、先には進めねえぜ」
と獄は助言しています。
ひょっとしたら獄は、自分が妬みの心で苦しんでいることに薄っすら気づいているのかもしれません。
だからこそ完甘のような陰湿な手口ではなく、政府公認のディビジョン・バトルの場で自分の力を示すことで真っ向から勝負しようという決心をしたのではないでしょうか。
そして周囲から完璧な人格者として賞賛される寂雷の弱さと迷いを理解できるのもまた、彼を友人に持ったことで愚痴の心に直面している、獄しかいないのかもしれません。
ディビジョン・バトルの先に寂雷と獄の関係にどんな変化が待っているのか。
今後のヒプノシスマイクの展開を楽しみにしたいと思います。