愛した人は殺人犯だったのか?
それでも、あなたを信じたいーーー
映画版が大ヒット上映中の「怒り」。
原作は「悪人」でも有名な芥川賞作家・吉田修一さん。
2012年から約1年間読売新聞に連載していた長編小説です。
この作品のテーマは、誰かを信じる人間の心。
愛する人を信じるという当たり前のことが、人間にはどうして難しいのか。
人間が苦しむ「信じる心の本質」について、仏教の観点から解説します。
映画「怒り」のあらすじを紹介
ある夏の暑い日に、八王子で起きた夫婦殺人事件。
窓の締め切られた窓の現場には「怒」の血文字が。
容疑者の男・山神一也は顔を整形し全国に逃亡を続けていました。
事件から一年後の夏、千葉・東京・沖縄にそれぞれ素性の知れない3人の男が現れます。
この3人の男のうちの1人・大西直人を綾野剛さんが演じ、直人と知り合い同棲するようになる藤田優馬を妻夫木聡さんが演じました。
見ず知らずの関係から出会って愛を育んでいく2人。その役を演じるため、綾野剛さんと妻夫木聡さんは実際に同居生活をしたといわれます。2人の空気感は本当の恋人のようでした。
妻夫木聡と綾野剛のベッドシーンが腐女子の間で超話題に!
ボーイズラブの愛好家「腐女子」の中では、上映スタートしてすぐにTwitterで話題沸騰。
私も腐女子仲間と共に急いで映画館に行きました。
妻夫木聡さん演じる藤田優馬は、大手通信会社で活躍するサラリーマン。日中は仕事に忙殺され、夜はゲイパーティに行ったり、ネットで一夜限りの男を探したりする毎日。
そして優馬には末期ガンの母親がおり、ホスピスで余命短い生を送っていました。
ある日優馬は発展場で、大西直人という素性の知れない男に出会います。
発展場で半ば強引に関係を持った優馬ですが、食事に行き会話をするうち、どうやら直人には事情があって仕事や帰る家がないらしいことが分かります。
一言二言会話をし、直人のことを「『どうせ』が口癖の、どこにでもいるようなゲイの男」と思った優馬は「今夜、泊まるとこ決めてないんなら、うち来る?」と家に連れて帰ります。
直人が悟った「お前のこと、疑ってんだぞ」の本当の意味
最初は素性の知れない直人に警戒心を溶けなかった優馬ですが、日に日に直人が自分の部屋にいることに慣れていきます。
ある日の夜、顔色が悪そうな直人に、優馬は「もし、体調悪いんだったら、昼間もここに居ていいぞ」と言います。
「…ただ、俺、お前のことまったく信用してないから先に言っとくけど、もしこの部屋の物を盗んでお前が逃げたら、遠慮なく通報するから。ホモがバレるのが恐くて、そういうの泣き寝入りする奴も多いんだろうし、そこにつけ込んでそういうことするバカも多いんだろうけど、俺はバレたって平気だから」
優馬が話し終えても、直人は返事もせず振り返りもしない。お湯が沸き、ピーと間抜けな音が鳴る。
「なんか言えよ」優馬は言った。
面倒臭そうに振り向いた直人が「なんかって?」って訊いてくる。
「なんかあるだろ?お前のこと、疑ってんだぞ。泥棒扱いしてんだぞ」
優馬の言葉を直人は鼻で笑った。
そして「疑ってんじゃなくて、信じてんだろ」と真顔で言う。
なぜか優馬は何も言い返せない。
「分かったよ。なんか言ってほしいんだよな?だったら言うよ。『信じてくれて、ありがとう』これでいいか?」
直人の手元でカップ麺に注がれる熱湯の湯気が立つ。
もしかすると直人が言うように、「俺はお前を疑っている」と疑っている奴に言うのは、「俺はお前を信じている」と告白しているのと同じことなのかもしれない。
「怒り」(上)
「お前のこと、疑ってんだぞ」と言った優馬に対し、「疑ってんじゃなくて、信じてんだろ」と返した直人。
実はこの直人の洞察には、人間の心理の本質が隠れています。
「俺はお前を疑っている」と疑っている相手に言うのは「俺はお前を信じている」と告白しているのと同じ。
裏返すと、人間が誰かを信じる心は、疑っている心と同じなのです。
家族のように大切な存在になっていく直人と、優馬の周りで起こる不審な出来事
直人は自ら優馬の母がいるホスピスに見舞いに通うようになり、優馬の母親も直人の人柄を気に入り、心を開いていきます。
ところがある日、母の容態が急変します。
とうとう帰らぬ人となった日、大阪に出張していた優馬が東京のホスピスに到着する間際まで付き添ったのは直人でした。
母の葬儀後、親族の間で東京近郊に母の墓を購入する話が持ち上がり、優馬は直人と共に御殿場の霊園を見に行きます。その夜直人はこう言います。
前に、一緒に墓入るかって、俺に訊いたろ?
一緒は無理でも、隣でもいいよな
家族同然の近しい存在になっていった直人。
しかし同時期、優馬の周囲で不審なことが起こり始めます。
まず優馬の友人に、空き巣に入られた人が複数現れます。
友人たちの住所を調べられる環境にあるのは、同居している直人。まさかとは思いながらも、優馬の心の中にふっと疑いの心がよぎります。
さらにある日、恵比寿のカフェで女性と楽しそうに会話をしていた直人を見た優馬。
また不安にとらわれた優馬は夜、カマをかけて日中の居場所を聞きますが、直人は嘘をつきます。
その後恵比寿で一緒にいた女は誰かと聞くと、妹だと直人は言います。しかし優馬の心中は重苦しい迷いでいっぱいでした。
自分の気持ちを言葉にするのがひどく難しい。とても簡単なことを伝えたいのかもしれないが、その簡単なことが何なのか分からない。次の瞬間、優馬の頭にある言葉が浮かんだ。
『お前のこと、信じていいんだよな?』
直人に伝えたかった簡単なことがこれだと気づく。しかし口にするにはさすがに重すぎる。
「怒り」(下)
「愛している人を信じる」当たり前のようで難しいことが優馬を苦しめる
「一緒に墓入るかって、俺に訊いたろ?一緒は無理でも、隣でもいいよな」
直人がこう言った日、テレビで八王子の夫婦殺人事件の容疑者・山神一也の指名手配写真を見た優馬は直人にこう聞きます。
お前さ……、まさか殺人犯だったりしないよな
そしてその翌朝から直人は失踪します。
優馬の家に来てから、一度も外泊をしたことがなかった直人。優馬は直人が消えた理由が分からず、直人を信じたいのに疑いいっぱいである自分の本心に苦しみに苦しみます。
この二日間、ほとんど眠っていない。なぜ出ていったのか?なにか気に障るようなことを言っただろうか?どこかで他の誰かと出会ったのだろうか?
いくら考えてもはっきりとした答えは出ない。
すると八王子殺人事件の犯人がやはり直人なのかもしれないという考えが浮かんでくる。
もちろん本気でそう思っているわけではない。だが犯人は逃走している。
「怒り」(下)
優馬は当然、直人が殺人犯だと思っていないし、思いたくないし、信じているのです。
誰よりも信じたい、疑いたくない。
結婚はできなくても、家族にしたい最愛の人だから、自分が死んだとき遺骨を入れられる墓探しにも直人を連れていったのでしょう。
しかしそんな最愛の人を、信じようとすればするほど、優馬の疑いの心は強くなっていきます。
人は、他者を信じずには一日たりとも生きてはいけない存在です。
しかしその「信じる心」は「疑っている心」と表裏一体なので、信じたいと思えば思うほど、殺人犯ではないかと思う疑いに優馬は苦しめられていきます。
愛する人を100%信じる。
疑いと表裏一体の信じる心しか持たない私たちにとって、このことは簡単なようで非常に難しいことが、「怒り」から知らされます。
仏教ではこのように、人を信じようとしても疑ってしまう心を「疑煩悩(ぎぼんのう)」と言われています。煩悩は苦しませ、悩ませる、ということです。
どんな人も、人を疑う心で悩んでいるのですね。「怒り」はまさに疑煩悩による苦しみ、葛藤が描かれています。
疑煩悩により、夜も眠れないほどに苦しんでいた優馬。
スマホにある朝、電話がかかってきます。
大西直人さんという方をご存知ですか?
上野署の警察官からの電話でした。
直人は山神一也だったのか。
次回に続きます。