今年ドラマ化した『東京タラレバ娘』は累計330万部を超える超人気漫画作品。
アラサー独身女子の苦悩を描いたこの作品は多くの女性からの共感と支持を集め、高い人気を維持しています。
このコラムでは世の女子たちが共感するリアルなタラレバ娘たちの苦しみから学べる、幸せになるためのヒントを仏教哲学の視点から解説してきました。
今回取り上げるのは単行本4巻で、恋も仕事もドン底に陥った主人公と、報われない恋に苦しむ友人たちの姿。
主人公・倫子が気づいた、人生を泥沼化させる東京の孤独について、ご紹介します。
恋も仕事も泥沼に…東京タラレバ娘を次々襲う苦難の連続
この街には透明人間がいるらしい
東京のど真ん中に
けっこうたくさんいるらしい
主人公・鎌田倫子はフリーの脚本家。
しかし33歳になってから、請け負った仕事を若い女に枕商売で横取りされ、せっかく舞い込んだピンチヒッターの仕事も19歳の弟子がやることになるなど不調続き。
仕事から目を背けるように映画バーの経営者・奥田さんとの恋に夢中になり、周囲に結婚すると言いまくりますが、結局別れてしまいます。
倫子の高校時代からの友人であり女子会仲間の香・小雪も報われない恋愛に悩む日々。
どうしようもない男と分かっていながら不倫をやめられない小雪。
そして結婚間近から破局、仕事も失職同然の状態になってしまった倫子…
三人のタラレバ娘たちが幸せから遠い苦しい人生を歩んでしまうのは何故でなのでしょう。
倫子に訪れた転機には、そのヒントが隠れていました。
KEYに押し付けられた仕事の中で見えてきた倫子の苦しみの理由
「なんであたしがこんなショボい仕事やんないといけないのよーーッ
なんでこんなクソ田舎でーーーーッ
あの金髪ブタ野郎ーーーッ」
結婚に逃げる道もなくなり、仕事も干されてしまった倫子は事務所でゴロゴロし実家に帰ろうかとボヤいていました。
そこへ金髪の男が現れます。
その男は売れっ子モデルのKEY。
『東京タラレバ娘』第一話で失恋の愚痴をボヤきながら居酒屋で大騒ぎしていた倫子たちを「このタラレバ女!」となじったのがKEYでした。
以降度々倫子の前に現れては嫌味なことを言ってくる、アラサー独身女子にとっては悪魔のような男ですが、今回は仕事の企画書と共に現れます。
仕事内容は北伊豆の観光協会が出資して作る一回きりのネットドラマ。
ローカルな企画を見てあからさまに嫌そうな顔をする倫子に、KEYは断る権利はないと告げます。
KEYを散々罵りながら北伊豆までやってきた倫子に、ある年配スタッフが言葉がこんなことを言いました。
「頑張って面白いものを作ればきっと日本のどこかの誰かに届く
そして俺らのドラマを観た人がこの街に一人でも遊びに来てくれたなら
それだけで十分ネットドラマを作った意味があると思うんだよ」
もう仕事も結婚も諦めて実家で暮らそうかと自暴自棄になっていた倫子の心はこの言葉で大きく変わります。
ああダメだあたし
このおじいさんたちより
頭の中古いわ
全然負けてるわ
いつの間にか何に対してもまず否定から入る癖がついて
こういう小さな企画をバカにして見下して
大事なこと忘れてた
大バカだ
華やかで人の溢れる東京の、さらに表参道という一等地で暮らし、事務所も持っていた倫子。
働く女子が憧れるカッコいい街でドラマ関係のカッコいい仕事をしていた倫子でしたが、周囲にはムカつく人間だらけでした。
日本で一番キラキラした街にいながら不幸せな日々を送っていた倫子。
その原因は自身の心にあったことに気付きます。
倫子が気づいたのは、自分の価値が分からない街・東京
東京のど真ん中って自分を見失いがちだ
東京は好きだけど
華やかで刺激的で楽しい街だけど
歳をとるにつれ自分らしさがこの街に溶けてなくなっていく気がする
オリンピックの頃には
この街はどうなっているんだろう
私はどうなっているんだろう
東京に吸収されて
透明で空っぽなおばさんになって
誰からも気づかれない透明人間として暮らすんだろう
多くの人が行き交う街は、一見華やかで人々が輝く世界に見えます。
しかし実際には周囲に人がいればいるほど、自分の個性が大勢の人間の群れに霞んでしまって、まるで「透明で空っぽ」な存在のように思えてしまうのです。
東京に限らず人がたくさんいる世界で生きていると、誰もが感じることのある感情ではないでしょうか。
以前はてな匿名ダイアリーに投稿され、非常に反響を呼んでいた日記がありました。
上司が死にました。
突然でした。
朝会社に来たら「昨晩亡くなりました」と。
さぞいなくなったあとは大変だろうと思われるだろうけども、
確かに後任の人が来てその人が慣れるまでの一ヶ月くらいは同じチームの人たちは大変そうだったけども、
後任の人が慣れてからは「亡くなった」という事実すら忘れ去られるくらいに何事もなく仕事が回るようになった。
本当に、上司は死んだんだろうか。
上司が死んだと思っているのはその上司の家族だけなのではないだろうか。
同僚である私達にとっては、後任の人が普通にその上司がやっていた仕事をこなしてくれているので、
「上司が死んだ」のではなく「上司が異動した」という感覚にしかならない。
「あんたが死んでも代わりはいるもの」
「私が死んでも代わりはいるもの」
人間なんて、そんなもんだよなー。
死んでも代わりはいくらでもいるという現実 (一部引用)
現代人は自分の価値が分からなくなってきている?
会社は誰か一人が死んだらそれだけで倒産することはないようにできています。
会社に限らず、自分が暮らす街、この日本という国、世界、地球全体、宇宙…と単位が大きくなっていけばいくほど、たしかに自分が「東京に吸収された透明で空っぽなおばさん」に思えてきます。
倫子が見つけたのは、脚本家としての独立という目的を目指していた20代の頃には気付かなかった
歳をとるにつれ自分らしさがこの街に溶けてなくなっていく気がする
透明で空っぽなおばさんになって
誰からも気づかれない透明人間として暮らすんだろう
という、大都会で自分の価値を見失いつつある心でした。
そこそこ可愛いルックスと恵まれたスタイルに生まれ、表参道という華やかな場所で仕事に就きながら、そこはかとない不安から人生が負のスパイラルに陥っていた倫子たち。
その根底には大都会の中で自分の価値が感じられなくなり、自身がまるで透明人間のように感じてしまう心がありました。
平成9年に起こり世界を震撼させた事件・神戸連続児童殺傷事件の犯人「元少年A」。
彼が2015年に手記『絶歌』を出版したことで再び社会問題になり、その後「元少年A 公式ホームページ」としてホームページを開設しています。
現在は閉鎖されていますが、そのタイトルは「存在の耐えられない透明さ」。
凶悪犯罪を起こした少年Aの心理は多くの専門家が分析しているところではありますが、「耐えられない」「存在」「透明」という言葉には何か引っかかるところがあります。
存在、つまり自分の価値が分からなければ、他人の価値だって分からない。
後を絶たない通り魔事件や猟奇的犯罪の根底にも、この人間が抱えている根本的な不安があるように思います。
はるか2000年以上前に、釈迦は厳しい修行の末に仏の悟りを得られました。
大宇宙の中における人間の価値を悟られた釈迦は、こんな言葉を残しています。
人身受け難し、今すでに受く
生まれがたい人間に生まれることができた。
釈迦は人間に生まれなければ決して果たすことのできない重要な目的があることを、自分の価値が分からず苦しんでいる古今東西の人間のために説かれていきました。
2000年以上前に説かれた教えでありながら、現代の私たちが悩み苦しんでいることへのアンサーを教えているのですね。
その人間の価値を教えられた言葉が有名な「天上天下 唯我独尊」です。
「私は誰よりも偉い」という意味で知られていますが、それは大きな誤解であり、正しくは人間には一人ひとり大きな価値があることを明言したものなのです。
「天上天下 唯我独尊」をわかりやすく解説した記事もあるので、ぜひ読んでみてください。
筆者もまだまだ勉強中ではありますが、今後も「タラレバ娘」の一人として『東京タラレバ娘』を通して少しずつお伝えできたらいいなと思っています。