今回は「Fate/Zero」の主要人物の1人、間桐雁夜(まとうかりや)の人生を、仏教哲学の視点から考察。
雁夜自身が死ぬまで気付かなかったその本心と、凄惨な人生を送ることになった原因について分析していきます。
シリーズ第1回はこちら(この記事だけでも読めます)↓
※「これからFate/Zeroを見ようと思っているのでストーリーの内容を知りたくない!」という方はお気をつけ下さい。
>>衛宮 切嗣の人生から学ぶ「命の価値」|Fate/Zeroから学ぶ仏教
間桐雁夜(まとうかりや)は、「Fate/stay night」の人気ヒロイン、間桐桜(まとうさくら)の叔父。
来年公開される劇場版「Fate/stay night」Heaven’s Feelは桜が物語の展開を握りますが、そのおじさん・雁夜も「Fate/zero」の展開に重要な役割を果たす人物です。
「雁夜おじさん」とは?人物像を紹介
手に入れた人ただ一人が、何でも願いを叶えることのできる万能の器、『聖杯』をめぐって7人の魔術師が命をかけて戦う「聖杯戦争」。
聖杯戦争は元々、「始まりの御三家」3人の魔術師、アインツベルン、遠坂、間桐が約200年前に始めたものでした。
その3人の魔術師の内の1人である、間桐家の血を受け継いでいた雁夜は、次期当主になるべく育てられます。
しかし、魔術師は世界の真理を求めるためなら、どんな犠牲も問わない冷酷な人間。
平和な生活を何よりの幸福と思う雁夜は、魔術師の世界に嫌気が刺し、10年前、決死の覚悟で間桐家当主・間桐臓硯と対決して親兄弟との縁を切り、間桐家を去ります。
一生、魔術と縁のない世界で平和に生きるはずだった雁夜。
ところが…、
ある日を境に、雁夜の人生は大きく変わります。
「――やぁ、久しぶり」
葵「あら―雁夜くん」
窶つれた――
そう見て取った雁夜は、やるせない不安に囚われる。どうやら今の彼女には何か心痛の種があるらしい。
遠坂葵(とおさかあおい)は雁夜の幼馴染。
遠坂時臣(とおさかときおみ)というイケメン魔術師と結婚し、2人の子どもに恵まれていました。
時臣は、聖杯戦争の「始まりの御三家」である遠坂家当主でもあります。
雁夜は葵に片想いしていたのですが、8年前、遠坂時臣のプロポーズを葵が受け入れたので、時臣なら葵を幸せにできると思い、潔く身をひきました。
しかし、公園で再会した葵から衝撃の事実が告げられます。
葵と時臣は「凛」と「桜」という娘を2人授かるのですが、魔術は一子相伝であり、次女の桜は遠坂の魔術を受け継ぐことができません。
そればかりか、凛も桜も優れた魔術の才能を持っていたため、当主になれなかった娘は魔術の実験台として研究機関に連れられ、悲惨な運命を辿る可能性がありました。
悩んだ遠坂時臣は桜を、古くから盟約関係にある間桐家に養子として差し出します。
魔術師として娘の才能を潰さず、実験用モルモットにされないために、苦渋の決断で桜を間桐家に入れた遠坂時臣。
しかし、母である葵にとって、それは娘との永遠の生き別れであり、生木裂かれるような苦しみでした。
どうしてそんな酷いことを許したのか、と雁夜に問い詰められた葵はこう言います。
遠坂の家に嫁ぐと決めたとき、魔術師の妻になると決めたときから、こういうことは覚悟していたわ。魔導の血を受け継ぐ一族が、ごく当たり前の家庭の幸せなんて、求めるのは間違いよ。
しかし気丈に答えた葵の目尻には涙が浮かんでいました…。
大切な幼馴染の娘が辿った悲惨過ぎる運命
間桐家では「刻印虫」という不気味な虫を身体に大量に寄生させることで魔術師を育てあげます。
まだ10歳にもならない桜は、間桐家の養子になってから、毎日蟲蔵に放り込まれ、全身を大量のうじ虫のような「刻印虫」に巣食われていました。
しかもその目的は、立派な魔術師になるためではなく、60年後の次の聖杯戦争に向けて、優秀な魔術師の子供を産む身体へと改造するため。
戸籍上は雁夜の父にあたる間桐家当主・間桐臓硯は、刻印虫によって生命を維持し、何百年も生き永らえており、とうに人間としてまっとうな体も心も失っていました。
魔術でいくら誤魔化そうとも腐り落ちてくる肉体。
臓硯が朽ちていく身体に不安を感じていたところに、おぞましい魔術を嫌った息子雁夜は親子の縁を立ち、家を出てしまいます。
さらに、雁夜の弟には魔術の才能が全くありませんでした。
そんな折、遠坂家から優秀な娘を養子として引き取った臓硯は、これ幸いと桜の身体に虫を詰め込んで改造、優秀な魔術師を産む胎盤を育てようとします。
そして将来、桜に生ませた子供を利用して聖杯を獲得し、完全な不老不死を獲ようとしていたのです。
おぞましい事実を知った雁夜は、いったんは縁を切った父・臓硯の元へ向かい、桜を開放し葵の元へ返すよう、詰め寄ります。
葵と時臣の結婚を自分が止められていたら、桜が母の葵と引き裂かれ、身体中を寄生虫で蝕まれることもなかった…。
いや、自分が魔術師となり間桐家を継いでいたら、幼い少女が虫だらけの体にされることはなかったのに…。
自責の念から贖罪を決意した雁夜は臓硯にこう言います。
「――そういうことなら、聖杯さえ手に入るなら、遠坂桜には用はないわけだな?」
含みのある雁夜の言い分に、臓硯は訝しげに目を細める。
「おぬし、何を企たくらんでいる?」
「取引だ、間桐臓硯。俺は次の聖杯戦争で間桐に聖杯を持ち帰る。それと引き換えに遠坂桜を解放しろ」
魔術師になって聖杯戦争に参加する。
それは、雁夜にとって命を捨てることを意味します。
寿命と未来を犠牲にして、幼い桜を助けようとする雁夜
桜の解放と引き換えに急遽、聖杯戦争に参加することになった雁夜。
その日から蟲蔵に放り込まれ、毎日虫に身体中を食い尽くされていきました。
三ヵ月目にさしかかる頃には、すでに頭髪が残らず白髪になっていた。肌には至る所に瘢痕が浮き上がり、それ以外の場所は血色を失って幽鬼のように土気色になった。
魔力という名の毒素が循環する静脈は肌の下からも透けて見えるほどに膨張し、まるで全身に青黒い罅が走っているかのようだ。
そうやって、肉体の崩壊は予想を上回る速さで進行した。とりわけ左半身の神経への打撃は深刻で、一時期は片腕と片足が完全に麻痺したほどだ。急場凌ぎのリハビリでとりあえず機能は取り戻したものの、今でも左手の感覚は右よりもわずかに遅れるし、速足で歩く際にはどうしても左足を引きずってしまう。
不整脈による動悸も日常茶飯事になった。
食事ももはや固形物が喉を通らず、ブドウ糖の点滴に切り替えた。近代医学の見地からすれば、すでに生体として機能しているのがおかしい状態である。にもかかわらず雁夜が立って歩いていられるのは、皮肉にも、命と引き換えに手に入れた魔術師としての魔力の恩恵だった。
雁夜はあと1ヶ月の命と告げられます。
幼くして毎日虐待を受けている桜を母親の元へ返し、姉妹二人がかつてのように幸せに暮らせる未来を築きたい・・・
余命1ヶ月の魔術師となった雁夜が、寿命も未来も犠牲にして、幼い桜を助けようとする姿は、ファンの心を掴みます。
特にアニメ版第一話が放送されたときは、「カリヤおじさん頑張れ!」と応援する視聴者が多数いました。
ところがそんなファンの応援も虚しく、雁夜はこの後、悲劇的な運命を辿っていきます。
雁夜を突き動かしていたのは、“贖罪”ではなく“貪欲”だった
雁夜が己の命を犠牲にしてまで聖杯戦争に参加したのは、建前は幼い桜を虐待の日々から救い出すことでしたが、本心は「貪欲」の心を満たすためでした。
「貪欲」というと、欲が深い人のことを「あの人ってホント貪欲だよなあ」というように使うことが多いと思います。
しかし、仏教では欲の心を「貪欲」といい、「とんよく」と読みます。
雁夜はモノローグで「(桜への)贖罪」という言葉を自身に言い聞かせるようによく使っています。
が、実は本心は「貪欲」の心に駆り立てられて聖杯戦争に参加していたのです。
その心を雁夜自身は気付いていませんでした。
しかし、本人も気付かないその本心を見抜いたある者により、雁夜はさらにこの世の地獄を味わうことになっていくのです…。
雁夜はどうして更なる破滅へ向かってしまったのでしょう。
次回は雁夜を突き動かした「貪欲」の心について、更に深く解説していきます。