【刀ミュ感想】4DX版が上映!『三百年の子守唄』の魅力を考察 石切丸の姿から知る「慈悲」の本質

【2019/11/29更新しました】

本日11月29日より全国のユナイテッド・シネマグループで4DX版上映がスタートした、ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年の子守唄~

刀剣育成シミュレーションゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」を原作とする「ミュージカル『刀剣乱舞』」通称「刀ミュ」は、既存のファンに留まらず国内外で高い評価を獲得、昨年はパリ公演、紅白歌合戦出場も果たしました。

今年はファン待望の新作「ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年の子守唄~2019」(再演)が上演。

日頃お世話になっている方のご厚意で、筆者は2月27日に京都劇場で「みほとせ」を鑑賞させて頂きました。

大好きな石切丸の「極」が実装された翌日に、初の刀ミュ鑑賞で「みほとせ」を見ることができたのは、かけがえのない思い出です。

本日から4DXスクリーンでの上映も開始し、さらに注目を集めている三百年の子守唄

多くのファンの心を掴んで離さないその魅力を、改めてご紹介したいと思います

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【ネタバレ注意】任務は徳川家康の「子育て」。ミュージカル『刀剣乱舞』 ~三百年の子守唄~あらすじ

「我々は歴史から消された徳川家の家臣に成り代わり、

歴史を元の通りに再現、再生する。

つまり、私は今日から…そうだな、服部半蔵として

生きることにしよう。」

天文十一年、十二月。

場所は三河、岡崎城でのことでした。

遠征任務で向かった三河の地で、時間遡行軍の奇襲に遭った刀剣男士・にっかり青江大倶利伽羅

時間遡行軍は2205年の未来から過去に遡り、歴史を改変しようとする存在。

時間遡行軍を殲滅し歴史を守るのが、刀剣男士たちの使命です。

しかし今回は奇襲に加え敵の数も多く、にっかり青江たちは苦戦を強いられ、岡崎城に向かうも間に合いませんでした。

「松平家は全滅…生き残ったのは…この子だけ。」

時間遡行軍により後に徳川家となる松平家が全滅、江戸時代が消える危機が迫ります。

手遅れかと思われたその時、援軍として駆けつけた物吉貞宗が生き残った赤ん坊に駆け寄り、笑顔で抱き上げます。

にっかり青江「…物吉くん、その子のことを知っているのかい?」

物吉貞宗「当然じゃないですか!

ボクはこのお方のお傍でずっとお仕えしていたんですから!」

石切丸「…物吉くん、じゃあ…その赤ん坊は…。」

物吉貞宗「はい!竹千代君…後の…徳川家康公です!

家康ただ一人を残し、全滅した松平家。

刀剣男士たちは家康の天下統一に大きな役割を果たしたとされる家臣たちに成り代わり、竹千代君を育てることになります。

歴史を元通りに修正するための「子育て」が刀剣男士たちの任務となったのでした。

部隊長の石切丸は現代でも時代劇や漫画で忍者として描かれる服部半蔵に、物吉貞宗は忠臣・鳥居元忠に。

にっかり青江は徳川四天王の酒井忠次蜻蛉切本多忠勝を演じることになります。

戦以外に興味のない大倶利伽羅、徳川に仇なす妖刀と言われてきた千子村正は離れたところに待機し、遡行軍の襲撃を防ぐことに徹します。(後に榊原康政・井伊直政に成り代わります)

赤ん坊だった竹千代君は日に日に成長、あっという間に十余年の月日が過ぎます。

竹千代君は十三歳で元服、後に松平元康と名を改め、永禄二年に長男の信康が誕生。

家康同様、刀剣男士たちが育てることになったのが信康でした。

永禄三年五月、桶狭間の戦い。

松平家の全滅という歴史の変化が生んだ存在なのか、歴史上記録のない「吾兵」という元百姓の人物と刀剣男士たちは巡り逢います。

そして永禄九年、ついに松平元康は名を改め、歴史通り「徳川家康」が誕生します。

大倶利伽羅に命を救われた吾兵はその後、「榊原康政」に稽古をつけてもらいたいと嘆願していました。

「…おらあは元々百姓の出です…

戦に巻き込まれて親あ殺されて…

妹と二人で逃げたんですけど…食う物もなくて…

妹の…ミツは…。

…だから…だから…おらあ、強くなりてえんです!

お願いします、榊原様!」

元農民の吾兵が戦場に出ようとしていた理由を知った信康は、剣術を教えるよう大倶利伽羅に頼み込みます。

信康は吾兵とともに稽古を続け、気づけば非の打ち所のない若武者に成長。

しかし石切丸は、そんな信康の傍で一人苦しんでいました。

…信康さんが立派な人間に成長していけばいくほど、

これで良いのだろうかという思いに苛まれた。

私はいったいなんのために彼の傍にいるのだろう?

私はいったい何をやっているのだろう。

何か他にも道があったのではないか…

そんな思いも抱いて…。

「力があれば…」石切丸の願いは、この手ですべての人を救うこと

…これから後、史実では…信康様は切腹させられる…家康公の命で。

松平家の生き残りとなった家康を育て上げ、その子・信康を育てていた刀剣男士たちにのしかかってきたのは史実という重い現実でした。

信康の切腹事件は諸説有り、本人の人格に問題があったという説や親子仲が険悪だった説など、様々な説が残っています。

しかし心優しくて優秀な信康が家康によって命を落とすことになるとは、刀剣男士たちはどうしても思えませんでした。

信康に違う未来が訪れることを願う情に苦しみながらも、村正の言葉で自らの使命を思い出した物吉貞宗たち。

断腸の思いで歴史通りにすることを決意した時、にっかり青江がある言葉を口にします。

にっかり青江「…家康公から信康さんの介錯を頼まれたのは…服部半蔵なんだよね…。

蜻蛉切「…石切丸様は…そのことを知った上で服部半蔵の役割を?」

物吉貞宗「…どうして…そんな…。」

蜻蛉切「…我らの手を汚させないため…か。」

その後、長篠の戦いに出陣した刀剣男士たちと家康、そして信康と吾兵。

遡行軍の襲撃に遭い、吾兵は遡行軍に襲われ、信康の腕の中で息を引き取ります。

「…戦さえなけりゃ…おとうもおっかあも…

ミツも…戦さえなけりゃ…。」

戦で家族を失った吾兵が最期に残した言葉には、戦を憎み、平和を切望し続けた魂の叫びが表れていました。

吾兵の死は、信康の心に戦で人の命を奪うことへの大きな迷いを生んでいきます。

そして苦しんでいたのは信康だけではありませんでした。

吾兵の墓前で石切丸が心中を吐露する劇中歌『力があれば』には、石切丸が一人で抱えている苦しみが溢れています。

この手で掬いあげたい

この手で救いたい

いくら祈っても

零れ落ちていく

指の隙間から

何故戦うのだ?

何故奪い合うのだ?

もう誰もこの手から

零れ落としたくない

だから…

力があれば

底知れぬ強さが…

私は…

私は…

石切丸が苦しんでいたのは、人々を救いたいという切なる願いとそれを果たせない自身の限界でした

石切丸が去ったあと、吾兵の墓前に現れた大倶利伽羅とにっかり青江。

にっかり青江も、大倶利伽羅に伝えるように石切丸の思いを口にします。

石切丸さんはね…本当は好きじゃないんだ…いくさがね…。

…病を治したいという人々の願いを聞いてきた彼が

いくさをしなければならないなんて…皮肉だよね。

…知ってるかい?

吾兵だけじゃないんだ。

石切丸さんは全ての人の為に祈っているんだよ

…今まで出会って来た人…死なせてしまった兵士…敵も含めてね。

(中略)

…きっと…。

…全てのいくさを終わらせようとしてるんじゃないかな。

この世からいくさを無くす…

石切丸さんはそのために戦っている…

そんな気がするよ…僕にはね。」

石切丸が直面したのは、人間の慈悲の限界。石切丸がたどり着いた答えとは…

この世から戦を根絶し、苦しむすべての人を掬い上げたい

思いとは反対に大切な人を失っていく現実に苦しむ心が表れているのが『力があれば』です。

短い歌詞の中に石切丸の葛藤が吹き出すように溢れている、筆者も「みほとせ」で一番大好きな曲です。

この『力があれば』の「力」とは一体何の力なのでしょうか

「みほとせ」では石切丸の、慈悲深く優しい側面が描かれてきました。

実は現代「慈悲深い」といった表現で使われる「慈悲」とは、元々は仏教の言葉です。

仏語。仏・菩薩(ぼさつ)が人々をあわれみ、楽しみを与え、苦しみを取り除くこと

(デジタル大辞泉)

慈悲(じひ)とはーーーコトバンク

仏教は「仏さま」の教えですが、苦しむ衆生を憐れみ、幸せにしたいという心が慈悲という仏さまが持つ心です。

一方、人間の慈悲は欠点があると教えられています。

仏の持つ慈悲の心は大悲とも表現され、すべての人に平等にかかっていますが、人間の慈悲は相手によって強弱が起きるのです。

石切丸の葛藤は、この人間の慈悲に対する苦しみが根幹があるように思います。

「歴史を守る」ことは、歴史が改ざんされれば生まれなかったことになる、数多の命を救うことになります。

しかしその歴史を守るために、信康を自らの手で殺さなければならない。

歴史を守ることにより救われる多くの命より、この手で育てた「子」である信康の命を救いたいのは「親」として当然起こる心です。

そんな人間の「慈悲」の限界を石切丸は知り、苦しむことになります。

一方、信康は吾兵の死を機に刀を握れなくなり、家康に親子の縁を切ってほしいと嘆願しますが当然、家康は許しません。

終わりの見えぬ戦の世で数多の命を奪う人生から開放されたいと思った信康は、自害を決意します。

「…半蔵…頼みがある。

…わしを斬ってくれ。

父上の跡を継ぐのは…わしではない方がいいのじゃ…。

信康を斬れば、徳川信康の生涯は歴史通り天正7年9月15日に幕を閉じる。

歴史を守ることで助かる多くの命より、信康一人に対して吹き上がる慈悲の心に苦しみながら、石切丸は信康に剣先を向けます。

皆が見守る中、信康が死を覚悟したとき。

石切丸は刀を降ろし、吐き出すように本心を打ち明けました。

私には…私には…

出来ない。

慈悲の本質を知らされた石切丸が最後にたどり着いたのは「私には出来ない」という自分の姿。

人の心を持つ自分に、すべての人に平等な慈しみを抱くことはできないという結論だったのでした。

人間の慈悲では、正史で生まれる数多の人の命より「我が子が可愛い」という心が優先されてしまう。

すべての人を慈しみ、救うことの難しさを石切丸は認め、受け入れます。

人間のありのままの姿を受け入れた石切丸は、この後「人間」として信康を救う道を見つけていくことに。

その結末は現在上映中の4DX版やBlu-ray・DVDで是非見届けて頂きたいと思います。

私たちが普段直視する機会のない、人間のありのままの心を抉り出していく「みほとせ」。

しかし一方で自分のありのままの姿を知り、見つめていくことは、自分も大切な人も幸せにする第一歩だと仏教哲学では教えられています。

石切丸が深い葛藤の中で、人の心の本質を見つめていく姿は、その大切さを私たちに教えてくれているような気がします。

※コラム中の「三百年の子守唄」紹介部分はこちらの戯曲本から引用させて頂きました!より深く「みほとせ」を味わえるので是非読んで頂きたいです。

7/18(木) ミュージカル『刀剣乱舞』初の戯曲本が3冊同時発売!