「現代用語の基礎知識選 2017ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされた『刀剣乱舞』。
2015年にノミネートされた「刀剣女子」に引き続き、『刀剣乱舞』にまつわる用語が2年もノミネートされるという異例の快挙です。
背景にはufotableさんによるアニメ作品『活撃 刀剣乱舞』の高い評価や『舞台 刀剣乱舞』のオリコン週間映像ランキングでの1位獲得など、幅広いメディア展開がありました。
刀剣乱舞にキャラクターとして登場する刀剣「山姥切国広」の展示で4億円の経済効果があったことも要因として考えられそうです。
『刀剣乱舞-ONLINE-』は2015年1月にリリースされたブラウザゲームで、その後スマートフォン版が配信され年齢に関係なく多くのファンから愛される作品となりました。
『刀剣乱舞』の舞台は西暦2205年。
歴史の改変を目的に過去への攻撃を始めた「時間遡行軍」を倒す使命を受けた能力者・審神者(さにわ)。
審神者によって名だたる刀剣が戦士として人間の体を与えられたのが「刀剣男士」です。
多くの審神者を「へしかわ」と悶えさせる刀剣男士・へし切長谷部
『刀剣乱舞』には数々の名刀が人型の戦士として美しい姿で登場。
今年も何振り(何人)も新しい刀剣男士が発表され、その度にTwitterのトレンド入りを飾っていましたが、その中で特に話題を呼んでいたのが「へし切長谷部」の極実装です。
へし切長谷部は『刀剣乱舞-ONLINE-』最初期から登場している刀剣男士ですが、新しい刀剣男士が次々と登場する中、不動の人気を維持しています。
そんなへし切長谷部が今年ついに二段階進化した姿「極」の実装へ。
全国のへし切長谷部沼民を喜びのあまり発狂させていました。(筆者もその一人です)
来年1月から放送のアニメ化第3弾・続『刀剣乱舞-花丸-』での登場も期待され、実装されてから2年以上経つも衰えることのないその人気。
審神者(プレイヤー)たちを「へしかわ」(へし切長谷部かわいい)沼に落とすその魅力はビジュアルがカッコいいからだけではありません。
元々は刀剣でありながら、あまりにも人間らしい心と、その姿から分かる人間が避けられぬ苦しみについて、今回も解説していきます。
(参考)前回記事はこちら
へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ
へし切長谷部は現在、国宝指定されている刀剣です。
織田信長の愛刀。
ある時、観内(かんない)という茶坊主が失敗を犯した。
信長は手打ちにしようと追いかけたが、観内は台所の御膳棚の下に隠れたという。棚の下では刀を振り上げて切ることができず、仕方なく棚の下に刀を差し入れあてたところ、たいして力を入れることもなく胴体ごと「圧し切って(へしきって)」しまったという。
恐ろしいほどの切れ味の名刀。
その切れ味を誇って信長が「へし切」と名付けたへし切長谷部ですが、後に黒田家に下賜されます。
審神者の力で人の身を得た長谷部の心をいっぱいに占めたのは、この信長への愛憎でした。
セリフから分かるへし切長谷部の織田信長への複雑な愛憎一如
へし切長谷部。
……変な名前でしょう?前の主がね、茶坊主の失敗を許せずに、隠れた棚ごと圧し斬った記念の命名とか、ねえ。
……そういう男なんですよ。織田信長って奴は
自己紹介のセリフから始まり日常の会話の端々まで、長谷部からは信長に対する憎悪がにじみ出ています。
できればへし切ではなく、長谷部と呼んで下さい。前の主の狼藉が由来なので
命名までしておきながら、直臣でもない奴に下げ渡す。そういう男だったんですよ、前の主は
しかし自分を下げ渡した信長が憎くて仕方ないのかと思いきや、
何をしましょうか?家臣の手打ち?寺社の焼き討ち?御随意にどうぞ
お任せあれ。何でも斬って差し上げましょう
主人に向かって喜々として提案することは、信長の影響が溢れる言葉ばかり。
「主命とあらば」というセリフが代表的で、一見主に忠実な執事キャラにも見えるへし切長谷部ですが、実はその心は何百年も前に元主に捨てられた苦しみでいっぱいなのです。
前回記事でお伝えしましたが、へし切長谷部の言動には「愛別離苦」が強く現れています。
「愛別離苦」は仏教で「八苦」と説かれる人間の避けられない苦しみ。
今日「四苦八苦する」という言葉がありますが、元々は仏教で人が必ず受けなければならない8つの苦しみを解説された仏語です。
愛する人や物といつか必ず別れなければならない苦しみを「愛別離苦」といい、へし切長谷部は傍にいたかった信長によって黒田家に下げ渡されてしまった愛別離苦を何百年経っても抱えています。
ずっと仕えたかった主だからこそ、裏切られた憎しみは愛されたかった渇望と比例して凄まじいものに。
苦しみを紛らわすため、捨てられた信長への愛を憎しみに変え、今の主人である「審神者」へその身を犠牲にして尽くすことで二度と捨てられて「愛別離苦」を受けまいとしている。
そんなあまりにも痛ましい忠臣が、へし切長谷部なのです。
日本号と、へし切長谷部の回想「黒田家の話」で明らかになった長谷部の本心
織田信長への恨み言を並べ立て、今の主には命を削って狂信的に仕える長谷部。
もう二度と捨てられまいとする姿からは、黒田家で過ごした長い日々は屈辱だったのだろうか?という疑問も出てきます。
しかしあくまでも長谷部が苦しんだのは「黒田家で過ごした日々」ではなく、「愛別離苦」です。
その理由は同じ黒田家に伝わる槍の刀剣男士・日本号との会話で明らかになります。
日本号「相変わらず辛気臭いな。……お前、すぐ口にするのは右府さま(信長)のことばかり、なぜ黒田家の話をしないんだ?」
長谷部「話したくはない」
日本号「そうか。そりゃいいがね。
お前見るとたまに折りたくなる。黒田家には義理があるんでな」
長谷部「…………
…長政さまは良い方だった。
付喪神にあの世があるならばついて行きたかった。
だができない。
我々は人間より長くこの世に残る。
だから忘れることにした」
日本号「………そうか」
口を開けば信長への愛憎ばかり話す理由を日本号に問われた長谷部は、「話したくない」と答え、黒田家を大切に思う日本号は「お前見るとたまに折りたくなる。」(殺したくなる)と本心をぶつけます。
「お前を見ていると殺したいほど腹が立つ」という中々本人を前にして言えない強烈な本音を打ち明けた日本号。
それを受けて初めて、長谷部は誰にも言わなかった黒田長政への思いを語ったのでした。
死後の世に一緒に行けるなら行きたかったほどに、長谷部に再び訪れた主人との「愛別離苦」は耐え難いもの。
忘れようとしなければ耐えられないほどに「良い方だった」黒田長政との別れは長谷部にとってさらに苦しすぎる苦悩だったのでした。
先日実装された「へし切長谷部・極」の衣装は黒がベース色のカソック風になっていて、黒田長政との死別の未練が現れているようにも見えますね。
愛別離苦を信長への憎しみや今の主への献身に変えたり、忘れようとしたりしても、人の心を持つ長谷部が愛別離苦から解放されることは絶対にありません。
戦いで傷ついても
「死ななきゃ安い!」
「まだいけますが……いえ、主の命とあらば……」
「…っ、まだ行けますよ、死ななきゃ安い」
と「主命とあらば」とその身を犠牲にして尽くす姿からは「もう主人と別れたくない」という痛ましい心の叫びが聞こえてくるようです。
人が誰しも避けられない苦しみを忘れるために、信長を憎み、黒田長政を忘れ、二度と捨てられないよう主命第一で私たち審神者(プレイヤー)に仕えているへし切長谷部。
私たちも同じ。
死ぬときには長谷部くんはもちろん、日頃愛し大切にしている友や家族、皆と別れなければならないでしょう。
頭では分かっていても、忘れたい。
でもいくら忘れようとしても避けられないのが愛別離苦です。
長谷部は必ず訪れる愛別離苦を分かっていながら、それでも別れたくないと藻掻いて苦しむ。
その姿がファンの共感を呼び「へしかわ」と愛されるようになったのかもしれません。