【2020/5/6投稿 ※2020/06/06、2020/07/24加筆修正しています】
「ヒプマイ」の通称で知られる『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』は2017年に始動した音楽原作キャラクターラッププロジェクト。
リリース直後から大きな反響を呼んできた「ヒプマイ」は今年アプリゲーム『ヒプノシスマイク-Alternative Rap Battle-』がリリース。
さらに10月にはアニメ化作品『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rhyme Animaが放送予定で、更に幅広い層から注目を集めています。
「ヒプマイ」の魅力は実力派声優さんがラップを歌うというだけではなく、楽曲の深さが多くのファンから愛されてきました。
前回コラムでは筆者が「ヒプマイ」ファンになったきっかけである『シノギ(Dead Pools)』の魅力をご紹介。
MTCの生き様が込められた『シノギ(Dead Pools)』が教えてくれる、人生における大切なことを考察しました。
【ヒプマイ考察】”ハマにハマれ”だけじゃない『シノギ(Dead Pools)』の意味。『シノギ』から知る「MTC」の深い魅力(※コミカライズ版ネタバレ注意)
今回はTrailer公開日から大きな話題を呼んだ『Fling Posse -Before The 2nd D.R.B-』収録のドラマパート「マリオネットの孤独と涙と希望と」のあらすじをご紹介。
急展開を見せた「Fling Posse」の物語を、新曲「蕚(うてな)」の歌詞とともに、より深く味わってみたいと思います。
飴村乱数は何者なのか。ドラマパート「マリオネットの孤独と涙と希望と」で明らかになるその正体
俺たちの関係は……どこまで行っても本物にはなれない
それが何でこんなに悲しいんだ
「ポ女になった」という感想が多くの方から寄せられたヒプマイのシブヤ・ディビジョン「Fling Posse」の新アルバム『Fling Posse -Before The 2nd D.R.B-』。
かくいう筆者も「ヨコハマのことしか考えられない」と言っていたほどのハマゾネスでしたが、新アルバムを聴いてあっという間にポ女になってしまいました(笑)
筆者も含め、多くのファンをFling Posseの虜にしたのは『Fling Posse -Before The 2nd D.R.B-』で明らかになった飴村乱数の正体と、乱数・帝統・幻太郎の絆でした。
リリース前にTrailerが公開された飴村乱数の新曲「ピンク色の愛」には
あれ おかしいな あれれ、調子 悪いかも
あれ あれれ おかしいな
ポッケにしまっていた
あれがない
それじゃ ボクが生きる 明日はない
息が続かない
あれ そう あれがないのなら
もう ここにはいれはしない
という歌詞があり、「乱数ちゃんはもうすぐ死ぬのでは」というファンの不安が噴出、Trailerの再生数は160万回を超え、大きな話題を呼びました。
不安でいっぱいのファンも多い中リリースされた『Fling Posse -Before The 2nd D.R.B-』の収録ドラマパート「マリオネットの孤独と涙と希望と」では予想を大きく上回る急展開が待っていました。
ある日おもむろに幻太郎と帝統を自分の事務所に呼び出した乱数は「秘密の共有をしよう」と言い始めます。
乱数「要は、僕らの絆はまだまだってことだと思うんだ!」
帝統「…絆ねぇ…俺はお前らのこと信頼してっけどなあ」
乱数「そだねぇ!けど…僕らに足りないのは…秘密の共有かな!」
ラップのスキルでは互角だったシンジュク・ディビジョン「麻天狼」に自分たちが破れた理由は、自分たちの信頼関係がシンジュクのメンバーに比べて薄かったからだと言うのです。
信頼関係を深めるため、秘密の共有をしようというのが乱数の言い分でした。
しかし謎が多く掴みどころがないのが「Fling Posse」の3人。
乱数が期待したような「秘密の共有」はうまくいきません。
そんな中、乱数の様子に異変が起こります。
帝統「あ?乱数?なんか今日のお前、おかしくないか?」
乱数「ええっ?なんにもおかしなところなんて無いと思うけどっ……?」
幻太郎「そうですねぇ、なにか焦ってるというか……」
乱数「あっはは、そんなことは……ガハッ……ゴホッ、が、あああああ…」
乱数はいきなり大量の血を吐いて倒れ、驚いた幻太郎たちは救急車を呼ぼうとします。
乱数「救急車より……飴を……!!」
帝統「そんなもん食ってる場合かよ!!」
乱数「いいから!!早く飴を取ってくれ!!」
いつも食べている「飴」を必死の形相で求める乱数の様子に、ただならぬ事情を察した幻太郎が飴を食べさせたところ、乱数は血を吐いていたのが嘘のように起き上がります。
乱数の体を幻太郎と帝統は心から心配しますが、乱数が心を開く気配はありませんでした。
「失敗作」のクローン・乱数に迫っていたのは、もうすぐ死ぬという残酷な現実
「まだ……たくない……」
飴村乱数の正体は「クローン」。
人工的に作られたその身体は、政府側から支給された「飴」が無いと生きられない、短命が定められた人生でした。
乱数を生み出し、「道具」として使役しているのは、「ヒプマイ」の世界で独裁政権として君臨する「言の葉党」のナンバー2・勘解由小路 無花果(かでのこうじ いちじく)。
乱数の生命維持装置である「飴」も、無花果からの支給品でした。
飴による生命維持効果が薄れてきた乱数の肉体は生命の危機にあり、急な吐血といった症状に見舞われていたのです。
乱数は無花果が欲しがっている「幻太郎と帝統に関する重要な情報」を伝えるという嘘で無花果を呼び出し、延命措置を嘆願します。
乱数「頼む、何とかしてくれ……!!
このままだと遠くない内に……俺は……!」
無花果「フン、あの二人の話はどうした?」
乱数「今まで散々尽くして来てやっただろう!?
頼むよ……俺はまだ……死にたくないんだ!!」
無花果「お前がどうなろうと、どうでもいいことだ
我々に忠実な人形が出来たからな
お前と違って、感情のブレが一切無い完成品がな」
無花果はクローンである乱数をあくまで「道具」としか認識しておらず、代替品ができたから乱数は不要だと言い切ります。
生命維持に必要な政府側に切り捨てられたことを知った時、乱数は本音を露わにします。
「ふざけるなよ!俺が…俺が…どれだけ貴様らに尽くしたと思ってるんだよ!」
それは普段、「オネーサン」たちの前では決して見せることの無い乱数の心の叫び。
無花果に掴みかかるも、拒絶され、突き飛ばされた乱数は地を這いながら無花果に懇願します。
「……お願いします…お願いします…
俺を……助けてください…
……お願いします……お願いします……!」
乱数の必死な言葉を聞いても無花果の態度は一切変わらず、汚いものに触れるかのように乱数を突き飛ばし、その場を去っていきます。
「お願いします…お願いします……」
無花果の足音が遠のいてからも、乱数はたった一人、涙声で助けを求め続けたのでした。
勘解由小路 無花果が飴村乱数を「失敗作」という本当の理由が明らかに
帝統「あ!!帰ってきた!!」
幻太郎「ふう、あの体で外出とは、恐れ入りますねえ」
乱数「二人共……」
無花果に切り捨てられ、絶望に暮れながら戻ってきた乱数を待っていたのは、乱数の正体を未だ知ることのない幻太郎と帝統。
帝統「まあ待てよ。俺たちは仲間だろ。こういうときに助け合わないでどうすんだよ」
幻太郎「なにかの縁があって、こうして仲間になってるんです。力になりますよ」
明らかに様子がおかしい乱数のことを案じる二人は、寄り添いの姿勢を見せますが、乱数はかたく心を閉ざしたままでした。
いつでも切り捨てる気だった……なのに……なのに……
俺たちの関係は……どこまで行っても本物にはなれない……
それが何でこんなに悲しいんだ……
一人になった乱数は、無花果の命令で無理矢理組まされたはずの「Fling Posse」に対して、自分が強い思いを抱いていたことに気づきます。
「あっはは!涙?理解できないな〜!」
「不要な感情を持っているから、失敗作なんて言われるんだよ」
「まあ、どうでもいっか!はやくかたづけてかえろう」
そんな乱数の前に現れたのは、乱数と同じ顔をした者たち。
無花果の言っていた「感情のブレが一切無い完成品」でした。
「道具」として劣化した乱数を「処分」するために現れた完成品のクローンたちは、乱数を亡き者にしようと襲いかかります。
延命措置の飴も効果が薄れつつある乱数は「完成品」である彼らを倒すだけの力は残っていません。
誰か……助けて……
死にたくないよ……
筆者は絶体絶命の危機を前に、乱数が思ったこの強い思いこそが、乱数が「道具として」の失敗作であり、「道具」ではなく「人間」であることの証だと感じます。
見た目は同じでも「完成品」であるクローンたちに無く、「失敗作」である乱数だけにあるもの。
それは自分が死にゆく存在であることを理解し、恐れる、「人間」としての根源的な心でした。
乱数はただのクローンではなく「人間」だったから「ポッセ」になれた
幻太郎「彼にそれ以上危害を加えるのは許しません!」
帝統「大丈夫か!?乱数!!」
乱数「どうして……?」
幻太郎「はて?どうしてとはおかしな。
仲間が困っているときに駆けつけるのに、理由が必要でしょうか?」
帝統「そうだぞ!俺ら、マブダチじゃねえかよ!」
「俺たちの関係はどこまで行っても本物にはなれない」と絶望していた乱数の窮地を救ったのは、正体を明かさない乱数のことを「仲間」「マブダチ」と心から信頼する幻太郎と帝統でした。
生身の人間が相手をするには危険すぎる強力なクローンたちを前に、幻太郎と帝統は何の見返りも求めず、命がけで応戦。
「Fling Posse」は「完成品」のクローンを返り討ちにしてみせます。
無花果にとって、目前に迫った死を自分の問題として認識し「俺はまだ死にたくない」と叫ぶ乱数は「失敗作」でした。
人間らしい感情の動きが無い、主人に対して従順なロボットのような「道具」の誕生を無花果は望んでいたからです。
そしてこの「死」を自分の問題として捉え見つめる心こそが、乱数が「道具」ではなく「人間」である決定的な証拠だと筆者は思います。
仕組まれて出来たはずのチーム「Fling Posse」の3人を「真のPosse」にしたのも、「死」をみつめる心でした。
ドラマパートの冒頭で、幻太郎が「兄さん」と呼ぶ人物が入院する病室にいるシーンが描かれています。
「ディビジョンバトル……奴らの手のひらで踊らされている催し物だけど、奴らに近づいたという意味では、大きな進歩かな……
こんな姿にした奴らに……必ず報いを受けさせてやるよ
じゃあ、また来るよ…兄さん」
初対面の乱数から突然
「僕と一緒にチーム組もうよ!この世界を面白くしよう!」
と誘われて承諾したのは、幻太郎には幻太郎の思惑があってのことだったのです。
「こんな姿にした奴ら」という言葉から、おそらく「兄さん」は政府側の誰かの仕業によって日常生活が送れない状態にされている様子。
会話をしている様子が無く、モニターが心拍数を示す音が響いていることから、意識が戻らず生命維持処置が必要である可能性が高いと思われます。
帝統「何度も電話したのに出ないから心配したぜ!今度こそおっ死んじまったかってな!」
幻太郎「ふんっ!」
帝統「痛って!!何すんだよ!!」
幻太郎「縁起でもないことを言うものではありません」
幻太郎は(乱数のことを)「死んじまったか」と言った帝統を間髪入れず強く注意し、「死」について重く、敏感に捕らえていることも感じられました。
一方、帝統は一見すると刹那主義のギャンブラーに見えます。
しかしラジオ番組「ヒプノシスRADIO supported by Spotify」で帝統が語っていた言葉からは、ただのギャンブル狂ではない帝統の一面が垣間見えるように思いました。
ギャンブルしてっとよぉ、脳が迸るんだ。
日常生活では味わえないスリルと興奮が得られる。
最高に生きてるって事を実感出来るんだぜ!
MCネーム「Dead or Alive」にも現れていますが、帝統がギャンブルに人生を捧げているのは「生きてる感じ」を求め続けているから。
何も考えずに生きている刹那主義の若者は「生きている」ことをわざわざ実感するために、危険な賭けをしないのではないかと筆者は感じます。
生きている感覚を求めずにおれないのは、そうしないと死を意識してしまう理由があるのかもしれません。
クローンとして造られた短命な身体ゆえ、目の前に「死」が迫っている乱数。
「兄さん」と呼ぶ親しい存在が生死の境目にあり、「死」が常日頃から近くにある幻太郎。
「生きている」感覚を求めずには生きていけない帝統。
表向きは明るくポップで可愛らしいイメージの「Fling Posse」を心の「Posse」にしたのは、意外にも「死」と密接不可分な彼らの生にあったのです。
「Fling Posse」を「真のPosse」にした心は、夢野 幻太郎の新曲「蕚」の歌詞にも…
ブリキの歯車動き出す世界にも随意不羈に綻びへと縅を解く
孤独の克服 仕方ないは絶望じゃなく ほら蓮の台を分かつ
ドラマパート「マリオネットの孤独と涙と希望と」が収録された『Fling Posse -Before The 2nd D.R.B-』に収録された夢野幻太郎のソロ曲「蕚(うてな)」。
タイトルも含め、深みのある文学的表現に惹き込まれるファンが多く、Trailer公開日から様々な考察が飛び交っています。
「蕚」の作詞を担当されたbashoさん・ESME MORIさんは「Fling Posse -Before The 2nd D.R.B- CD発売記念特別ニコ生」にて「蕚」についてのコメントを寄せておられます。
オファーを頂いて、トラックを一聴したときに浮かんだ感想、歌詞やリズム、フロウをベースに何度も何度も書き直していたのですが、最終的には全く違う形になりました。
(bashoさん)
basho節の難しい漢字やリズムを含んだ歌詞、すべてに意味があります。
本人から意図を聞かされたときは驚きました。
ただそれを一つ一つ解説するのは野暮ですので、聞いた方それぞれが言葉に込めた想いを解き明かしてくれたら嬉しいです。
(ESME MORIさん)
今ご紹介したのはほんの一部で、番組で紹介されていたのは楽曲への非常に強い愛が感じられるコメントで、歌詞の一つ一つに深い意味があることが改めて知らされました。
「蕚」の中で特に筆者が惹き込まれた
孤独の克服 仕方ないは絶望じゃなく ほら蓮の台を分かつ
というリリックには「蓮の台(はすのうてな)を分かつ」という表現があります。
「うてな」はタイトルにもありますが「蓮の台」と「うてな」を表すのは、仏教でよく使われる表現です。
仏教では「蓮」は極楽浄土に咲く花と言われますが、その「蓮」が象徴することの一つに「本当の幸せ」という意味があります。
「蓮の台を分かつ」は仏教の視点から言い換えるなら、「ともに本当の幸せになろう」という幻太郎からのメッセージ。
短命な身体で死を目前にしている乱数に、どうか自分と共に幸せになってもらいたいという幻太郎の本心が現れているように感じました。
仏教を説かれたお釈迦様は、私たち人間がどんな困難を前にしても崩れない幸せになる道を生涯教えていかれました。
その教えすべてをこのコラムでお伝えすることは難しいですが、釈迦は私たちが幸せになるために必要な第一歩が「死」を見つめる心だと説いています。
「死」を見つめる心のことを仏教では無常観といいます。
一切は無常であるとする、ものの見方。
無常とはこの世にあるすべてのものは移ろい変わっていくという意味です。
私たちにとって最も大きな無常は自分の死ですので、仏教では死を見つめる心を無常観といいます。
2020年は、新型コロナウイルス感染症がパンデミックを起こし、世界各国でおびただしい数の死者数が発生しているニュースが連日流れています。
「第1波」と言われた時期にはコロナウイルスによる有名人の死亡も次々と報道され、「死」を見聞きする機会が増えました。
また感染症による死亡だけではなく、人気俳優・三浦 春馬さんの訃報やALS女性安楽死事件も世間に大きな影響を与え、心が不安定になったり、後ろ向きな気持ちになっている方も多くおられます。
しかし仏教では自分がいつか死にゆく存在であることを静かに見つめることは、生きている今、本当の意味で幸せになるための第一歩だと教えられています。
乱数はドラマパートで、自分に寄り添おうとする幻太郎と帝統に
「は、何が仲間だ!隠し事をしている者同士が仲間だって?笑わせるなよ!」
と憤り、突き放していました。
お互い言っていないことがある状態で、ソウルメイトになれるはずがないと思っていたのです。
しかし乱数がクローンであるという重大な秘密を知った幻太郎が、フェアになるように自分の秘密も打ち明けようとしたとき乱数は
「秘密の共有……
それは、俺がもし生き残ることができたらその時に聞かせてくれ」
と言い切り
「秘密の共有なんてしなくても、君たちは、僕の真のposseだよ!」
と、心から二人を信頼する言葉を贈ります。
話しづらい辛いことや過去を打ち明けなくとも、「Fling Posse」の3人を「真のposse」にしたのが、死をみつめる心でした。
楽しく生きるために「死」を一切考えないようにするのではなく、むしろ「死生観」を持つことで本当の意味で幸せに生きるための第一歩が踏み出せるのです。
自分がいつか必ず死ぬことをまっすぐ見つめることは、生きている今を彩やかに色どるために大切な心。
無常観によって「真のposse」になれた乱数・幻太郎・帝統に、いつか「蓮の台を分かつ」幸せなときが来ることを願いながら、このコラムを終わりたいと思います。